ある日のランチタイム。この程度なら、さっさと作るるようになってきています。
日々こつこつは、やはり偉大です。
心が動きにくいということ
げんちゃんの異常なところは心が本当に動きにくいということですが、これに関してはいろんなエピソードがあります。
琴教室での出来事
例えば、琴教室に月3回行っています。最後の週はお休みです。
第4週の日に、私がげんちゃんに、
「今日の予定は?」
と聞くと、
「今日は琴は休み」
と言いました。
「あ、そう。第4週だから休みなのね。」
と私は答えました。彼はその次の予定などをぽつぽつとしゃべっていました。
ちょうどその時でした。げんちゃんの携帯電話が鳴りました。
もしかして!と思ったら案の定、電話の主は琴の先生からでした。
私は、「今日はレッスン、あったんじゃない?」
げんちゃんは頷きました。
やれやれ。またかよ!こういうことはしょっちゅうなので、ため息つきながら、叱り飛ばしました。
げんちゃんは慌てて琴の道具を取りに行きます。
私は、ほんとやりきれない気持ちで、ブツブツ言っています。
「ちゃんと聞いてきなさいよ。毎週終わるときに、来週の予定ってを聞いておけば、確認できるじゃない・・・・・・」
明かされた意外な真相
げんちゃんは琴のレッスンに行き、そして帰ってきました。帰ってくると、そのままいつも通り過ごしています。私はまだ、苛つく気持ちがくすぶります。
「げんちゃん、琴どうだったの? 今月2週目をお休みしたから、その振替を、今日してもらったの?」
げんちゃんは「うん」と、普通に返事をします。
私は、げんちゃんが聞き漏らした時の状況を検証して、失敗をなくそうと、さらに根堀葉掘り聞いていきます。
「で、今日あるってこと、先生はどのタイミングであなたに伝えていたわけ?」
と私が聞きました。聞き漏らした時の状況をフィードバックして、げんちゃんに注意を促そうとしたのです。
ところがげんちゃんが言うには
「あの、先生が忘れてたって・・・・」
「え?」
「昨日電話するんだったけど、忘れたんだって」
「え? ってことは、琴の先生は、あなたにそもそも伝えてなかったってこと?」
「そう」
「は? じゃあなんで、あなあたは、帰ってくるなり、それ言わないの?」
「あ〜、忘れとった」
やれやれ・・・ほんとに不思議でしょうがありません。
「濡れ衣」への無頓着さ
私は続けます。
「 あなたさ、私に散々叱られたわけでしょ。先生が伝えてたのに、あなたがまたいつものうっかりで忘れてたんだって、決めつけられて怒られたわけじゃない。そういうの「濡れ衣」って言うのよ。濡れ衣を着せられてもへっちゃらなの?」
普通の子だったら帰ってきて、「お母さん、僕怒られたけど、僕は知らなくて当然だったんだ。先生は言い忘れたらしいよ」と真っ先に伝えると思います。だって理不尽に怒られたわけですから。
ところがげんちゃんはそういうことにさえ無頓着なのです。私が聞かなければ、今日の経緯は永遠に闇の中でしょう。普通の子ならそんな理不尽には耐えられないから、真っ先に私に伝えるだろうし、ちょっと勝ち誇ったような気持ちにもなるでしょう。
しかし、言わないのがげんちゃんです。流してしまうのです。
感情の希薄さと向き合う
悔しいとか苦しい、悲しいとか、そういう感情も本当に希薄。濡れ衣をかけられようが、別に弁解しようとも思わない。そもそも、そういう心にの動き自体を、めんどくさい、としているような気がします。
それが濡れ衣だってことが自体、インパクトが希薄(泣)
心が動かないということは、ほんとに恐ろしいことだと、私はいつも感じます。
しかし、いろんなシチュエーションによっては、これが功を奏して、げんちゃんはとっても穏やかです。
生まれてこの方、何かに対してすごく怒ったりとか、そういうことがないのです。
友達から馬鹿にされたって、対して心が動かないから、いじめたってつまんないのでしょう。今までいじめに遭ったことすらありません。
げんちゃんは淡々といつも平常心なのです。衝動で変てこりんな行動や言動を取ることはあれど、情緒的な感情に突き動かされた、わかりやすい行動というのは、ほんとに皆無です・・・
教育の難しさと可能性
これはひっくり返せば、有利な場面もあるかもしれませんが、教育をする上では恐ろしく進化しないことでもあります。「ここは怒るとこなんだよ」っていうところまで教えなきゃいけないなんて、本当に疲れる子です。
怒る必要のないところまで発火する子もいますから、それよりいいのでしょうか??
どっちも困りものですが、ないものを出すのと、あるのを、調整するのは、後者のほうが、一歩先にいるように感じてしまいます。
あまりに心が動かないから、普通の子だったら3か4の辺りから教えればいいところを、ゼロから一の起点から教えていかなきゃいけないような有様です。
「ここで普通の子は怒るのよ、濡れ衣を着せられた、って思って。
家に帰ったら、真っ先にお母さんに言って、お母さんから怒られたのは、とばっちりだった、って早く説明しないと・・普通はそんなふうに考えて、玄関入るなり、叫ぶのよ。それが普通の反応です。」
私がいきり立って説明している間、げんちゃんは、ほけ〜っとした顔です。
どこに訴えたら、げんちゃんの心に響くのか・・・・
げんちゃんが、道理が分かるように成長し、しっかりと色々対応できれる人間になることがあれば、感情的な怒りが炸裂しない、というこの状況は、強みにもなるのでしょうか・・・・
いや、しっかりとした人間になるとともに、逆にそういう感情に振り回されていくのでしょうか・・・・極めて特殊な人間なのでしょうか・・・
疲れるまくります!
げんちゃんの心、両刃の剣ですね〜・・・
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こんにちは。すっかりご無沙汰しておりました。げんちゃんは料理学校へは行かず、単発バイトでのアプローチを試みているのですね。
セルフネグレクト型とでも言いますか、何でもいい、どうでもいい、面倒くさい、楽したい気質の厄介さは相当でしょう。きっと支援する当事者でなければわからないストレス、苦悩ですよね。
厄介だと思う気質も強みとして扱えれば最強ですよね。物怖じしないというのは有利になる場面が多いはずですもの。楽をしたいのも、無駄を省き効率よく動いて、簡単便利に繋げられれば、能率アップでパフォーマンスが上がるでしょうし。特性は変わらないけど、マイナスとして現れているものをどうやってプラスへ持っていくか。言うは易し、行うは難しですね。
長男は高校2年生になりました。進路は全く決まっていません。その時になれば1番相応しい道がポッと現れるだろうと、それをサポートするだけと高校受験のときより、ずっと心が軽いです。
最近は吹奏楽部に誘われ、入部しました。顧問から声をかけられたのですが、2年生からの入部について、何故このタイミングなのかとか、この先引退までいて欲しいのかとか、一時的な助っ人でも良いのかなど、たくさんのことを話し合い、途中からの入部で部費はどうなるかや活動日のスケジュールなど事前に確認した上でとりあえずコンクールまでの期間限定で入部しました。その後は顧問とまた話し合うそうです。家ではネガティブ発言全開ですが、そうすることでメンタルを保持しているのでしょう。誰かをサンドバッグにすることは無くなりました。
夏みかんさん
コメントありがとうございます。長男君、もう高校二年生なんですね~。げんちゃんの高校二年は、コロナ全開。料理クラブに入っていたものの、ほとんど活動なしだったと思います。クラブ活動はいいですよね。急に入りたいなんて、あまり常識にとらわれていない発達君ならではですね~。そういう所は強みにもなるし、弱点にもなるのかな~。だけど、自分でしっかり何をしたい、というのがあって、相当レベルが高いな~と思います。
げんちゃんは、何がやりたい、という主体的なものがやっとすこ~し出てこようとしているところです。(笑)
高校を卒業して、IQの高いお子さんは、大学や専門学校と言う選択肢があります。そこで、社会に出る準備が整うと最高です。
でも、二次元の学校が、単なるモラトリアムになることもあると思います。
彼らの内面を作ることの難しさは大変なものです。高校卒業まで、かなり内面が整えられたお子さんは、なんとか、ぶつかりながらも、軌道に乗っていけると思っています。
げんちゃんはまったくだったので、独自のメニューを3年間もやることになりました。
でも、努力のかいがあり、内面が少しずつは変化してきています。
外側を作ることはできたと思います。A型作業所とか、同じ事業所に通っていれば、そこでの仕事は、できていきます。
しかし、げんちゃんがげんちゃんの人生を自分で決めていくような内面成長は、やはり無理だったと思います。
あと少しの高校生活、内面が整って成長してきてほしいですね。クラブ活動がどう成長に寄与するか、楽しみなところですね。