ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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げんちゃんママとげんちゃんのヒストリー IQ60からのスタート!

げんママ
ママの肖像画ではありません。(^_-)-☆(ブログのイラストは、げんママが描いています。)

げんちゃん2024年

2024年春から、福岡のユニークな底辺高を卒業した息子げんちゃん。本来IQ60スタートの知的障害を伴った発達障害の息子です。
すさまじいばかりの、改善プログラムを、休むことなく今まで、トライしてきました。
おかげで、支援級などを経て、なんとか底辺高とはいえ、普通高校に進学。そして今年卒業までいきつきました。がしかし、学習も、常識感も、やる気も何もかも、まだまだ社会に送り出すには、足りないことだらけです。最終的には、立派な社会人にすべく、高校卒業後の今年一年、独自プログラムをすることにしました。
奮闘の日々をブログにしたためていきます!

初めてブログにお越しの皆様、以下はげんちゃんの今までのヒストリーです。

1歳半検診では、異常に気づかれなかった。

5歳の秋に、発達障害が発覚しました。

1歳半検診では、何事もなかった赤ちゃんだったので、まったくノーマークでした。
確かに、目が微妙にあわない、いつもにこにこしているけれど、健常児のお姉ちゃんの時とは、まるで成長スピードが違う。周りに相談しても、男の子は遅いから、と言われ、そのうちに、と思いつつ、げんちゃんを育てていました。

医療関係で働くワーキングママのげんママは、出産してしばらくして仕事復帰しました。そのため、育児は、姑まかせでした。1歳半から、近くの、無認可保育園に預けるようになり、送り迎えも、姑がしてくれていました。

おとなしく、いつもにこにこしているような、育てやすいげんちゃんでしたが、言葉も遅く、3歳になるあたりで、  ”だっでぃー” という 一言が出たので、ほっとしましたが、次の言葉が随分でなかったことを覚えています。しばらくして、多少の言葉が出たので、そこでも、発達の異常に気付くことができませんでした。

息子5歳の時、発達障害が発覚! IQ60とは!

5歳になって、園の先生に、成長の異常を指摘され、療育に行きました。
そこで、IQ60と診断!

まさか、と思いました。小さな園では、同級生もいなかったので、私は、げんちゃんを他の子と比べることができなかったのです。もちろん、1か月はショックで動けませんでした。そもそも、発達障害という言葉さえ、あまりよく知らないようなありさまでしたから、とにかく、わが愛する息子は、将来のない知的障害なのだ、としか捉えることができませんでした。

しかし、1か月ほどかけて、情報を集めました。本も何冊も取り寄せ、友達や職場の人にも、あたりかまわず、状況を話してみました。

とにかく、情報です。そこで、ある友人から、”発達障害も、知的障害も、脳の機能だから、色々やれば改善する”、と情報発信している学者さんがいることを聞きました。なるほど、と思いました。しかし、改善するという発信はあまりなく、どう寄り添うか、というものばかりが目につきました。

だったら、自分がフロンティアでやっていけばいい、げんちゃんの発達障害プロジェクトが始まりました。

確かに、認知症の人も、脳卒中後のリハビリの方も、がんばってトライする人は、やらない人より、改善していっていることを知っています。ならば、子供であるげんちゃんならば、もっと改善するはずだ。やればなんとかなるはず。

私は、1か月の落ち込みから、立ち直り、あらゆる試行錯誤、研究をすることになりました。

最初はIQ60、・・コミュニケーションも微妙。身体もふらふら、はさみもにぎれず・・・もちろん絵もまったく描けず、おしゃべりだって、大してできない。5歳なのに、ほとんど2歳児みたいでした。いや、それ以下の機能もたくさんありました。でも、親ばか力というか、私は、プロジェクトにわくわく感さえ感じるようになっていたのです。

自分の子は自分で改善させる

右も左もわからない、発達障害という言葉さえ、ほとんど聞いたことのないありさまのスタートでした。
そんな時、新聞で見かけた「子供の脳に良いこと」という、鈴木昭平先生が書かれた本を見つけました。すぐに、彼が主催する、エジソンアインシュタインメソッドに入会。4か月のプログラムを受けました。

そのプログラムで、まず、ママが子供を改善をさせる最初の道筋を学びました。親が、あきらめず、とにかく、能力開発に取り組む。体質改善をする。フラッシュカードをメインに、脳を刺激する。

そんな感じの4か月でした。げんちゃんは、今までできなかったことが、少し、できるようになるものも出てきました。
劇的に改善というわけではありませんでしたが、親がやるんだ、という気持ちのベースが固まりました。同じ立ち位置のママ友も幾人かできました。

それを皮切りに、日々自ら、研究と実践を積み重ねて、げんちゃんの改善に取り組んできました。スタートした、5歳の時に、自分で洋服を着れるようになるのさえ、まったくイメージがわかなかったげんちゃんでした。

しかし、今では高校生になり、一人で、電車やバスを乗り継いで、どこでも行けるのが当たり前になっています。高2の現在、アルバイトもチャレンジさせることができました。

私の留守の間、多少の家事もこなすのが普通になっています。

発達障害の息子に、週1のホームスクールスタート

小学校は、たまたま支援クラスができなくて、普通クラスの1年生に入学しました。小学2年の2学期から、支援クラスができて入りました。算数の学習障害は、ほんとにひどくて、死ぬほど苦労しました。

ほんとに、コツコツ、一喜一憂。
壮絶な道のりでしたが、今では、なんとか四則計算、分数計算、小数計算など、最低限、できるようになっております。買い物も、普通にするのが、もう当たり前になっています。
高校になって、やっと習うベースができて、習い始めたそろばん教室で、まずは、8級を取りました。現在7級。

相当苦労してますが、毎月毎月、必ず進化しています。日々はらはらどきどき。 天才ぼうやに育てるべく、奮闘中。パパと一人暮らしをしている大学生の娘と、医療関係に働くワーキングママ。
近くに住む、お姑さんに手伝ってもらいつつ、がんばっています。

小学校に入って、週1ホームスクールを実施

小学 1年生の2学期から週に1.5日学校を休ませて、ママがおうちでホームスクールをしました。4年からは週二日になりました。さらに、5年の9月からは、2.5日に増え、3学期からまた、週2日にもどし、6年の後半からは、週に1日に減らしました。

小学1年生から中3まで、近くに住む、主婦のK先生のおうちで、ママが仕事でできない日は、ホーム学習のお手伝いをしてもらいました。

5年生からは、算数以外、試験的に普通クラスにシフトという快挙です。(ばりばりついていけていたというわけではありませんが・・・)

発達障害の息子だって、改善していく!6年で、IQ80へ改善

6年生は、すべて、普通クラスですごすようになりました。発達の改善に取り組みはじめて11年の歳月は、子どもを改善していきました。

6年になって、不思議なセラピストのS先生の指導を受けるようになりました。

発達障害は意識の障害だ、ということを認識しました。意識が抜けたような状態のげんちゃん。必死の取り組みで、できることは増えているけど、まったく安定性がない。

なんというか、人間にはそもそもある何かがない、一生懸命取り組んでも、何もできない発達障害児が、少しできる発達障害になっただけ。本質が変わらない。

その本質は何なんだろう・・・・行き詰っていた私に、S先生が、助け舟をだしてくれるようになりました。私が最も改善させたい、その部分が改善されれば、発達障害のコアな改善につながると、がんばっています。

中学は算数と国語以外、普通クラスでなんとかがんばる

地元の公立中学へ入学。国語と算数だけ、支援クラスで、マンツー指導を受けました。ホームスクールは、中学からは、単発で時々やる程度。一応小学校で終了です。

中学入学時受けたIQは、スタートの60から80台に改善。

げんちゃんは、ほんとに図太く、発達障害の子の中でも、軍を抜いて心が動きにくいタイプです。少々の圧も、はねかえしてくるので、大変です。

高校は、不登校児や発達の子もたくさん通う、ユニークな取り組みの高校に受かり、晴れて、高校生になりました。

2024年3月高校を卒業。卒後1年、ホームスクール中心で指導中

高校に入ったときは、一人で電車に乗るのもむつかしいほど、ぼんやりでした。でも3年間、たくさんのトライを経て、ある程度生活はストレスが少なくなりました。
そして、今年、高校を卒業しました。ずいぶん成長したとは思います。学力はまだまだ小学校程度、とにかく学習は逃げのオンパレードです。

学習も問題ですが、一番問題なのは、やはり、常識がない。自分の頭で考えようとしないということです。
今まで突貫工事でがんばってきましたが、今年一年、ステップバッして、幼稚園まで落としていくような覚悟で、スカスカの能力をしらみつぶしに上げていく計画です。
ほんとに大変ですが、生活学習、すべて、手元において、1年間指導していきます。
ずっとメンターとして指導してくださってきたS先生を中心に、独自プログラムで、社会に出すための学習、生活指導を徹底してやっています。

このブログは、私が発達障害の息子の育児に格闘してきた記録です。

もし、発達障害の改善に、日夜取り組んでいなければ、まちがいなく、今のげんちゃんはありません。
同じように、本気で改善に取り組んでいるママパパたちは、少数派なのかもしれません。

孤独にがんばっているママパパたちに、エールを送ります。

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