たまには、友達とランチ でも、息子のことはさらっと話さないと、結構相手は気を使うみたいです。こっちは普通に話しているけど。
親が80代、発達障害の息子が50代
最近、親戚筋の、59歳発達障害男性の、80代後半になる母親が亡くなりました。
彼の父親は早くに亡くなり、母親と、発達障害の彼が二人暮らしをしていました。彼の障害年金と、母親のアルバイト、少しばかりの蓄え、母親の年金。それらが、彼らの生活の糧でした。(母親の晩年は、アルバイト代はなく、年金と障害年金だけだったと思います。)
家は持ち家。
発達障害の彼は、支援クラスに所属しながら学校生活を送りました。高校を卒業したあとは、少しアルバイトをしましたが、あまり勤まらず、多くは、母親に頼って暮らしていました。
彼の母親も、微妙に発達障害が入っているのかも?と思う節がありましたが、同じアルバイトを長年続けていたので、社会的には、適応できていたのでしょう。
周りの支援で、自宅は、リバースモーゲージにしていた。
彼の母親が80を過ぎたころから、親戚の世話焼きの人たちが、親子を心配して、市の相談窓口に相談してやっていたようです。
どういう経緯かわからないですが、自宅を売って、お金を作り、家賃契約で自宅に住み続ける、リバースモーゲージという仕組みを活用したようでした。
母親が生きている間、働かなくても二人が生活できるようにしたのです。
よくテレビでコマーシャルしている、大手不動産会社の商品なのでしょうか。
母親は、まったく死後の準備はしていなかった
この度、そんな環境の中で、母親が死にました。
親戚の近い人が、とりあえずお金を出してあげて、母親は荼毘にふされました。葬式はいらない、という母親の遺言もあり、息子ができないのもあり、火葬場でお別れをしました。
生前、母親は、まったく自分の死後のことを準備せず、親戚の人にしてもらったリバースモーゲージだけの備えでした。
生前、
「なんとかなるでしょう。」
と母親は、周りに言っていたらしいので、ちょっと普通の親とは違った感覚を持っていたと思います。
息子は、発達障害の中でも、かなり攻撃性が強い性格で、自分がバカにされた、とか、感じてしまうと、相手に食ってかかったりしていました。たぶん、母親自体も、息子を正しく導く力もなかったと思いますし、母親自身、ずれが大きかったと思います。そもそも、自分の息子の障害を、認めているのかいないのか、なんだか疑問という感じもしていました。息子のIQは、60~70くらいだと、聞いたことがあります。
発達障害の息子、自宅が残れば、管理、処分は、大きな重荷
さて、そのリバースモーゲージ制度により、母親の死後、3か月で自宅を出ないといけないと聞きました。
とりあえず、親戚中ほっとしました。母親が亡くなった後、家が自動的に不動産会社に返されるということは、彼には気の毒ですが、不幸中の幸いだと感じる親戚が多かったようです。
リバースモーゲージは、生前に不動産会社に家を売って、手にしたお金で、生活費とその家に住むための賃料をまかなう、という仕組のようです。
ともあれ、彼に、家を処分したりする能力はなく、もし親戚がそれにかかわったとしても、絶対にトラブルは避けられなかったと思われます。彼の理解力の欠如と、攻撃的な性格の問題があるからです。
本来この制度は、家を担保にして銀行からお金を借りることにくらべ、とても損な制度のようです。しかし、今回だけは、自動的に家の管理や売却などの心配がなくなるということで、良かったと思います。
ただ、家を出る準備はどうするのでしょう。・・・片付けとかいろいろ。
心配はありますが、その程度なら、親切な親戚も知恵を出すのではないでしょうか。
福祉の力で予想以上援助してもらっている様子
そうとはいえ、彼は殊勝にも、福祉の人の手助けで、その後の暮らしについて、ある程度前向きに取り組んでいるようでした。
親戚にかなり負担がくるのかと心配している親戚が多かったのですが、彼は、軸足を福祉の人に置いているのがなんとなく伝わってきました。
しかし、常識感がなく、攻撃性の強い彼は、市役所で、言い争いをおこしたと聞きました。
色々やってもらっても、自分の持論に合わないと、彼は切れてしまったのでしょうか。まさに、自分視点しか持てない、発達の特徴が見て取れます。
性格に攻撃性や協調性のなさが際立てば、選択肢が減る
そんなことがあって、結局、福祉の人は、彼がグループホームや、施設などは無理だろう、という判定を下したようです。
彼は、福祉の力で、生活保護を取り、小さな公営住宅を探してもらって、一人暮らしをする、という結論にいたったようです。
生前、家事能力を、ほとんどつけてなかった
母親は生前息子に、家事はほとんどさせておらず、生活全般はどうするのか、不安です。
あらためて考えても、やはり、母親自体にも、普通ではないものを感じます。自分亡き後、誰かが何とかしてくれる、息子が自分でなんとかするだろう、そういう思想があったとしたら、あまりに現実認識の誤認があります。
もしかしたら、母親も、げんちゃんみたいに、”今”という感覚しかなかったのかもしれません。
福祉のサービスが、けっこう行き届いている
彼の次の暮らしは、なんとかめどが立ったとしても、彼自身の問題は山積しています。お金の管理はできるのか、生活はどうするのか・・・
その心配を私が口にすると、ある人が、お金を市役所が、小分けにして彼に与えていくシステムもあるんだ、と言うようなことを言っていました。毎日1000円わたすとか・・・
それに、定期的にヘルパーさんの援助も家に来るのだとか。
最終的に、このできごとで私が思ったのは、福祉が思ったより、色々してくれるんだな、ということでした。香典が幾人から集まったようですが、その香典返しも、福祉の人が付き添って、用意してくれたそうです。
今日本は、なんだか政治がめちゃくちゃです。
だから、手厚い福祉の行き先も定かではないですが、彼の動向を見て、なんとか、生きていけるのかもしれない、と感じました。
知的障害の息子、親の死後は、あらかじめ計画的に
でも、やはり、彼の母親のように、何も準備せず、子供にも生活力をつけることなく、親が逝ってしまうのは避けたいですね。
普通は残してあげたい資産さえ、この子たちには持て余すものになったりもする、そういうことを感じました。
わが子、いやはや、これからがどうなるか、ではありますね~。
死んでさえ気苦労が絶えないなんて、ほ~んと厄介きわまりないです!
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まさに8050問題ですね。
うちも真っ只中です。私の妹が精神障害者手帳を持っており、日々の生活も困難な面があるため、就労はまず難しいと思います。
リバースモーゲージという制度があるのですね。初めて聞きました。勉強になります。
妹はもともとズレが小さなタイプなので、それほど介入の必要がありませんが、両親は導く力が皆無と言っていいくらいなので、もちろん準備などしておりません。
妹は自身で福祉と繋がり、発達当事者の会へ定期的に通い、同じ発達仲間と繋がり情報交換をしています。
げんちゃんの通っているような事業所に通ってる人や利用経験のある人などが、あそこの事業所は良かった良くなかった、こんな作業があるなどという話もするそうです。お互い助け合って協力し合って、生きていこうという心強い場のようで有り難いです。
げんちゃんはこのような交流の場にママさんや先生と足を運んでみると、どのような感想を抱くのでしょうね。1人では狙った交流は難しそうな気がしますが、事業所よりは交流が図れるかもしれませんね。
私も意外とサポートはあちこちあるのかなと感じます。発達カフェや座談会など特に小さな支援団体というのは案外あるものなのかもしれません。
妹は就労こそ難しいけれど、暮らしていくしっかり力はあるため、障害年金でも生活保護でも残された資産を活用してでも、お金さえあれば1人で生きていけます。
その生活力は両親が身につけさせたものではなく、自分で必要だと考え努力して身につけたものなので、なんというか甘いところもあるけど、正しい感覚を持っているのだと感じます。これが無頓着だとしたら、私も相当頭が痛かったと思います。
周りを整えるものがいなければ、福祉が介入してくれるとはいえ、本来、それを整えるのは家族の役割ですから、できるところは自分たちの手でしなくてはいけないのですよね。難しいところは手伝ってもらって…手続きなど大変なことだけど、そのような家族を持った運命で仕方ないですが、なんでこんな大変な目にばかり〜と嘆きたくなることがあっても、そのお母さんのようにどこかへ丸投げというのも許せない自分がいて、結局背負って抱え込んでしまうんですよね。
今、妹は両親の年金と父親の収入、手作り雑貨の販売のわずかな収入で暮らしています。
何か動きがあったらご報告しますね。
夏みかんさん
コメントありがとうございます。どこの一族にも、一人や二人いるのかもしれませんね~。でも、1親等2親等くらいになると、色々実害が出てきますよね。ため息
普通の人でも、とても暮らしにくい日本になってしまっているのに、障害があるとなると、ほんとにどうすりゃいいのか。親亡きあとは、みんな心配だと思います。
お姉さんは、げんちゃんなんかと比べれば、はるかに高いところにいらっしゃいますので、なんやかんや言いながら、自分の利害のために、ある程度自分で動けますよね。
それは自分がある程度見えているし、外側の能力もとても高いからだと思います。
そのあたりまで、まずはげんちゃんも持って行きたいもんだ、と思いますが、なかなか・・・
とはいえ、お姉さんも、やはり心配ですよね。姉妹となると、親亡きあと、ダイレクトにかかってきそうですもの。
自分の立ち位置をわかって、おねがいしますね~、と言う感じならまだいいのですが、とかく、わかってないとなると、ブログで書いた彼のように、やってもらっているのに、立場がまるで上、ということになりかねません。
だから親は、その立ち位置だけはしっかり子供の内から叩き込む必要があると思うんですよ。
お姉ちゃんだから敬いなさい、ではなく、妹におせわになるんだから、絶対服従・・・・みたいな・・・
うちはげんちゃんに、お姉ちゃんに対する絶対服従を常としています。私がいなくなったあと、げんちゃんがお姉ちゃんに従うのがあたりまえ、の形を自然と獲得していれば、お姉ちゃんの言うことは少しは聞くと思って。
でも、世の中、そうなっていないところも見受けます。
ブログの彼は、たまたま一人っ子で、たよる直近の身内がいないのが、かえって幸いしています。
ほんと・・・
こういう問題は、ほんとに厄介ですよね。うまく回るように、今できることをしっかりやらなきゃ、と思うばかりです。