ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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げんちゃんの昔を思って見る

◇考えてみれば、このブログを書き始めて、早10年以上、良く続いてるな~と思います。げんちゃんへの愛と情熱は、そう簡単には消えないな~。

ずっと読んでくださる読者の方にも、ほんとに感謝です。

発達障害改善に取り組んで11年、日常生活はずいぶんスムーズです。

さて、昔に比べて、げんちゃん育児の手間と言う点では、ずいぶん楽になっています。
横にべったりつかなくても、ある程度、自分で勉強するし、スケジュール管理も、よく落ちまくるけど、声かけくらいで、手伝って一緒にあれこれやることはありません。家事もよくやってくれる。
たくさんたくさん課題はあるけれど、普通のルーティンの生活は、ずいぶん私の手を離れています。

小学生の発達障害のお子さんのママから、時々話を聞いたり、相談を受けたりすることがあります。
お子さんのできないことは山ほどで、ほんとにママの手を取るし、心配の種です。
例えば、ピアノを習わせてみたけど、なかなか食いつきが悪いとか、クラスで浮いているとか、友達と摩擦をおこす、とか、悩みはエンドレスにありますよね。

すべて、げんちゃんも、同じ道を通ってきました。
今、当たり前のように、食器を洗うげんちゃんですが、そういう単純作業さえ、教えても教えても、まともにできなかったわけで、振り返ると、今できることのすべて、一生懸命つけてきた能力だとわかります。
できてしまえば、もう昔からできているような錯覚を覚えますが、幼い発達のお子さんの悩みを聞くたびに、あ~、げんちゃんもそうだった、と、思い出します。

でも、そのような悩みを聞くにつれて、げんちゃんもできなかったけど、そのお子さんの方が、ずっとレベルが上だな~、と思うことは多いです。

例えばピアノも、なかなか指がついていかないとか、色々あっても、ピアノというものに取り組む姿勢は、しっかりあったり、楽譜を少しは読めていたり、げんちゃんのその頃と比べたら、ずっと上にいるよ、と、つい声掛けしたくなってしまいます。

ピアノに関して言えば、げんちゃんは、4年生過ぎるころまで、隣でやらせないと、まともな練習なんて成立してなかったように思います。
家でのピアノのレッスンは、ストレスフルでした。きょときょととして、視線さえまともに、楽譜に向かわないような子を、鍵盤に向かわせ、1小節進むために、何度、叱咤激励したことか。
それを思い出したら、普通にピアノの前に座り、自然な感じで普通の人が想像するような練習風景を繰り広げられているなんて、すごいな~と思ったりします。
そのお母さんは、私に、
げんちゃんすごいですね~。と言ってくれたりしますが、いやいや、そのお子さんがげんちゃんの年齢になるときには、はるかに、げんちゃんを超えていると思ってしまう。
コツコツコツコツ積み上げて行くしかなくて、過去振り返っても、一気に成長を遂げた場面など、あまりなかったげんちゃん。発達改善は、とにかく、コツコツあきらめず取り組むしかないと思います。
げんちゃんブログ
しかし、その積み重ねも10年もたてば、最初のスタートラインとは別物のげんちゃんができあがっているわけで、やはり、価値があると思うのです。
発達のわが子に向き合っているママには、ほんとに、がんばってほしいです。
げんちゃんの今からの課題は、”ルーティンにはまらないこと”、です。すべてをルーティンという楽ちんボックスに入れてしまうので、一回ごとに違う状況であること、をしっかり認知して、”何をどのように”、”なぜ”、という的しぼりをやって、考えて取り組むように心掛けてほしいです。

彼の失敗や落ちは、ほとんどすべてそこから来ます。
些細なことも、つながりをつけようとしない、という、怠慢がすぐに頭をもたげます。きつくても、常に気持ちを使い、しっかり今を認知しなくてはなりません。そのうえで、判断し、的確な行動に結びつける。

それから、勉強に対し、しっかりわかりたいという気持ちでやることです。彼はあいかわらず、表面をたどっていくような気持ちの入れ方しかしていません。自分では気持ちを入れていると思っているようですが、答え合わせをせずに放置しても、なんともないこと自体おかしいです。
わかりたい、納得したい、という思いが希薄なのです。

外側をたどっていくことが本質ではありません。

本質をとらえたい、という思い、それは、本人が意識してしっかり出さなくてはなりません。そこに関しては、かわってやってあげることはできない
彼自身が乗り越えないといけないところだと思っています。ずいぶん、目標も、コアなところに近づいてきたのかもしれません。

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  1. 匿名 より:

    定形の人がルーティンをやると
    イニシアチブが自分にある。あるいは、仕事に対する意識が自分側なのでルーティンなのに合理的だったり、早くおわったりするけど、発達の人がルーティンやると仕事にイニシアチブをとられているので、時間が掛かったりする。原因を探るとルーティンであるがゆえに見えなくなる。しかも一応は出来てると錯覚するので、ルーティンの中に溺れさせるのはアウトだと私も想います。

    • げんちゃんママ げんちゃんママ より:

      匿名さんへ
      コメントありがとうございます。そろそろ、社会人のグレーゾーンの方の色んなトラブルや直面する問題、そういうものが、げんちゃんの問題と重なるようになってきています。

      げんちゃんは、気持ちを入れないで過ごすと楽なので、どうしてもそこに行こうとします。相当な意思を持って自分を動かさないと、そこが克服できません。

      問題の本質が、表面的なことではないがゆえに、ごまかすこともできてきています。
      ルーティンをはく奪することしか、その本質が見えるようにならないです。ほんとにその通りですよね。

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