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『大丈夫よ』と言える日が来た?AIを味方に自動車学校に挑むげんちゃん

発達障害げんちゃんの自動車学校

AIを使う勉強法を覚えたげんちゃん

げんちゃんは今、自動車学校の第一段階の試験までたどり着きました。

さて、げんちゃんがAIを勉強に使うようになったのは、介護の学校に通い始めた頃からです。
最初は私が使い方を教えました。

その日学校で習ったことをノートにまとめ、そのノートをPDFにして、GeminiNotebookに取り込む。すると、その資料をもとに、まるでラジオ番組のようなポッドキャストを作ってくれたり、音声解説付きのスライドにまとめてくれたり、あるいは、内容を整理したまとめ資料を作ってくれたりします。

ご存じない方は、使ってみたら、たぶん驚かれると思います。
自分が与えた資料だけをもとに、AIが「聞いて理解する教材」や「見て理解する教材」に作り変えてくれるのです。

げんちゃんには「聞いて覚える」が合っていた

げんちゃんは、これがすっかり気に入りました。

学校から帰ると、その日習ったことをGemini Notebook(ちょっと前まで、NotebookLMと呼んでいました)に取り込み、音声にしてもらったり、スライドにしてもらったりして、何度も繰り返し聞くようになりました。

昔ながらの方法で、教科書を読んで、ノートを書いて、覚えて……という勉強だけをしていた頃よりも、げんちゃんにはずっと入りやすかったのだと思います。(私たちもたぶん、入りやすいです。)
実際、内容を理解していくスピードはかなり上がったように感じました。

AIの可能性

私は、AIというものは、発達障害の子どもたちの成長にものすごく役に立つ可能性があると思っています。

もちろん、ただAIを与えればいいという話ではありません。

どんなふうに使わせるのか。
何をAIにやらせて、何を本人に考えさせるのか。

そのあたりについては、また改めて一つの記事にしたいと思っていますので、まだ幼いお子さんに早まってAIを与えないでほしいのですが・・・

AIの話は少し置いといて、今日は、自動車学校のお話です。

自動車学校でも、まだまだトンチンカン

介護の学校に続き、フォークリフトの資格に続き、げんちゃんは自動車学校にも一生懸命通っているようです。
もちろん、何もかも順調というわけではありません。
相変わらず、ところどころトンチンカンです。

スケジュールの管理だったり、
「そこは自分から教官にお願いして、こういうふうに調整してもらうところでしょう」
という場面でも、ひたすら受け身だったりします。

本当に、まだ目覚めたばかりのげんちゃんです。
あまり高いところまで一気に求めても仕方がありません。

こちらも、半分くらい目をつぶりながら付き合うくらいが、今はちょうどいいのだろうと思っています。
ここに「できるようになったこと」ばかりを書くと、まるでげんちゃんが、すっかり普通の青年になったように見えるかもしれません。

そのあたりは、どうぞ差し引いて読んでください。
まだまだです。

でも、その「まだまだ」の中で、以前では考えられなかったことが、一つずつ起こるようになってきました。

自動車学校でもAIを使って勉強する

自動車学校の勉強は、介護の学校のように、授業のノートを幼稚なまとめではあるけれど、自分なりにまとめて、AIに読み込ませる、というやり方がなかなか難しかったようです。

そこでげんちゃんは、もっぱらスマホを使って、その日習った教科書をすべてAIにアップして、AIに解説を作らせ、それを何度も聞くという方法を使っていました。

そして、とうとう第一段階の修了試験までたどり着きました。(仮免前です)
まずは実技です。当然かなり大変だったようです。

最初に買っていた補習用のチケットは全部使い切り、それでも足りずに、さらに二、三枚買い足して、実車練習していました。
私も、まあ、相当かかるな、と大概のことは覚悟していました。

AIで作った音声を使い、頭の中で何度も運転する

ところが、試験を受ける前のげんちゃんは、私が思っていた以上に、自分なりの準備をしていました。
頭の中で、何度も何度も運転のシミュレーションをしていたのです。

しかも、そのシミュレーションを助けるための音声教材を、自分でAIに作らせていました。
「車に乗る前には、まず何をする」
「次にどこを見る」
「発進するときには何を確認する」
そんなふうに、本当に必要なところだけをコンパクトに言葉にさせる。
AIに一度作らせて終わりではなく、

「もっとこういう説明にして」
「ここは短くして」
「この順番で説明して」

と、AIへの質問の仕方まで自分で工夫しながら、少しずつ自分にわかりやすい教材に作り変えていたようです。
そして、その音声を聞きながら、何度も何度も頭の中で運転していたのです。

まさかの実技試験、一回で合格

試験当日。
げんちゃんは、かなり緊張して出かけていきました。
「試験なんだから緊張するのは当たり前でしょう」
と思われるかもしれません。

でも、げんちゃんの場合は、それさえも私には一つの成長に見えました。
ちゃんと、
「失敗したらどうしよう」
「受かりたい」
そう思って緊張する。

そんな、ごく普通の感情の動きさえ、昔のげんちゃんには、ぼんやりしていましたから。

そして、緊張しながらでかけたげんちゃんは、なんと、一回で合格して帰ってきました。
これには、みんなびっくりです。

あれだけ補習を受けたげんちゃんが、本番では一度で通ったのです。彼がどれだけ、空間認知も弱く、どんくさいか知っているだけに、驚きです・・・

実技は通った。でも学科試験が通らない

まあ、しかし、そうは問屋が卸しません。
実技は通ったものの、当然でしょうが、学科試験に落ちました。

50点満点で45点取らなければ合格できないそうなのですが(最初それさえも把握していなかった!)、げんちゃんは42点か43点くらいだったと言っていました。

そこから、また勉強が始まりました。
自動車学校がスマホで提供している練習問題を、何度も何度も解いていました。

そして、二回目。
また不合格。
さらに勉強して三回目。
また不合格。

今のところ、三回受けて三回ともダメでした。

落ちても、自分でまた勉強する

でも、私はそれを見ながら、ある意味すごいなとも思っていました。
げんちゃんは、すべて一人でやっていたからです。

私は仕事で忙しく、自動車学校の勉強を横について見てやる時間なんてありません。
昔なら、私が横について、

「ここをやりなさい」
「次はこれ」
「今日は何問やったの」

と管理しなければ、何も進まなかったでしょう。
でも今は、自分でスマホを開き、自分で問題を解き、自分でAIを使い、自分なりに試験に向かっている。

落ちても、また受ける。
そんなことができるようになっていました。

「明日の試験はやめる」と言ったげんちゃん

ところが、四回目の学科試験を翌日に控えた日。
げんちゃんが突然言いました。
「明日はやめるよ」
「え? なんで?」
私はびっくりして聞きかえしました。するとげんちゃんの口から、びっくりするような言葉が飛び出しました。
「来週のやつを受ける。まだ勉強できてないし、自信がないから」
と言うのです。

私は、口をあんぐりとあけてしまいました。
ああ、げんちゃんでも、そんなふうに弱気になるんだ!

「また落ちたらどうしよう」
と考えて、試験を先延ばしにしたくなる。そういうのは、普通の子には当たり前のことかもしれません。でも、げんちゃんなら、言われるがままに、ただ受ける・・・私には今までの彼は、そういう子に見えました。感情が動かないから、試験さえもどこか他人事なのです。

心が少しずつ普通の人に近づいてきたように思えました。
心が、変わってる…意識がかわっているんだ!
私は一息ついて、げんちゃん育児で、言ったことのない言葉を初めて口にしました。

「受けなさい。大丈夫よ!そんなに心配しなくてもいいじゃない。何回落ちたって別にいいんだから!
だって、あと一、二点のところまで来てるんでしょう。そこまで取れてるなら、ちゃんと実力はついてるってことじゃない。心配しないでいいから、きっとできるよ。げんちゃんなら。」

「きっと受かるわよ。大丈夫。受けなさい」

「大丈夫よ」と言える日が、やっと来た

そんなことを言いながら、私は、自分で言った言葉に少し感動していました。
げんちゃんに、こんなふうに声をかけられる日が来たんだな、と思ったのです。

昔のげんちゃんには、
「大丈夫よ」
「あなたならできるよ」

なんて、後ろからそっと支えるような言葉は、ほとんど意味を持ちませんでした。
それどころか、使い方を間違えると、
「自分はできているんだ」

と妙なところで勘違いしたり、褒められたことだけを受け取って、まったく違う方向に行ってしまうのです。オセロの駒がたった一つ白になっただけで、すべて白と思ってしまうのです。

現実を見せなければならない時期に、そんな励まし方は、完全に彼の妄想を掻き立てるものでしかありませんでした。

だから私は、長い間、普通のお母さんが子どもに言うような、

「大丈夫よ」
「もう少しよ」
「きっとできるよ」

という言葉を、げんちゃんには使えなかったのです。

励ましの言葉が、やっと励ましになるようになった

でも今は違う。

落ちるかもしれないこともわかっている。
自分がまだ十分ではないこともわかっている。
だから不安になる。
そのうえで、もう一度やってみようかと迷っている。

そこまで心が育ってきたからこそ、
「大丈夫。やっておいで」
という言葉が、初めて本当の意味で使えるようになったのだと思います。

なんだかその瞬間、げんちゃんが普通の5~6年生か、中学生くらいの子になったような気がしました。
失敗するのが怖くて、ちょっと逃げたくなって母親にはげまされる。
ごく普通の親子のやり取りです。

私は、今までいつも、鬼母のように周囲に思われて、げんちゃんがすぐに舞い上がるのを、上から押さえつける役を毎回になっていたのです。

は~~。やっと私は普通のお母さん風にやれるんだ・・・とくらくらしてしまいました。
いやまさに、たけ子先生が、奇跡と言ってたのが、まんざら嘘でもないのかもしれない、と思ってしまいました。

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