ふ
げんちゃんが夕食は大体作ることも多くなってきた。準備だけだったのが、先に作って食べて、私が遅く帰って、また食べる。二つオーダーしても、一つだけしかやれてないことは多い。
外側を整えることと、内面を育てること
昔から、たまに交流がある発達障害D君は、知的能力も、決して高い子ではありませんでしたが、げんちゃんと比べると、大きな違いがありました。
何より、D君は自分の気持ちがありました。新しいことは苦手でしたし、時々、自分の世界に入って、一人でぶつぶつ独り言を言って、奇妙に見えるときもありました。それでもD君は、「僕はこうしたい」「これは嫌だ」という本人なりの感覚があり、それをある程度自分で捉え、言葉にすることができました。
中学の頃、1度一緒に勉強させたことがあります。げんちゃんは、そもそも問題が何を尋ねているのか、考えようとしませんでしたが、D君は問題の意味をとらえようとし、自分なりに考え、最後に答えを出すところで間違えました。
つまり、理解する→考える→答える→間違いを修正する、という普通の学習のプロセスがかなりしっかり成立していたのです。私は、うらやましくて、溜息をついたことがあります。
心を動かさない、昆虫のようなげんちゃん
当時のげんちゃんは、様々な能力が劣っていましたが、それにもまして、深刻だと思っていたことは、げんちゃんが、自分から心を動かそうとしないことでした。
私はそれを、自動車に例えて考えていました。
げんちゃんは、性能がかなり低い車を与えられて生まれてきたようなものです。エンジンも車体にもあちこち不具合がある。低いIQであったり、体の使い方の悪さであったり、さまざまな発達の問題であったりです。しかし、一番深刻だったのは車の性能ではありません。
運転席に座っている本人が、アクセルを踏もうとしなかったことです。
D君も、もちろんいろいろなハンディがありましたが、げんちゃんよりは多くのものを持っていました。そして何より、「こうしたい」「これは嫌だ」と、自分なりにアクセルを踏むことができました。
二つの家庭が見ていた「将来」
D君のお母さんは、あまり子どもに圧をかけない方でした。でも、塾やお稽古事、成長を促す取り組みを私とかわらず、あれこれとやってきたのです。
ただ、長い年月同じようにがんばってきたママですが、私たちは、同じように子どもの将来を考えながら、「実は少し違うところを見ていたのではないか」と思うようになりました。それが表れた一つが高校進学です。
D君のお父さんは、「将来の就職を考えれば高等支援学校が有利だ」と考え、D君は,ある、厳しくて就職に有利と言う高等支援学校へ進みました。体験などを通して、DIYのような作業が好きだということも見つかりました。確かに就職につなげるという意味では、とても筋の通った選択だったのかもしれません。
一方、げんちゃんは、発達障害の生徒も多く通う、”自由な成績底辺高”へ進みました。就職に向かってターゲットをしぼるより、とにかく、さまざまな方向から心を動かす働きかけをし、将来も、あらゆる可能性へ触手を広げる足がかりを作りたかったのです。高校卒業というライセンスも、とれるならば、あったほうがいい。
成長のために、その環境を借りることにしたのです。
子供の「内面」とは
「可能性に天井を作らない」と言うと、「IQ60なら65へ」「できなかった計算をできるように」といった、能力の話に受け取られがちです。
もちろん、それも大切です。
私もげんちゃんに、文字、言葉、計算、体の使い方、社会のルールなど、外側の訓練を山ほどしてきました。
でも、私が本当に育てたかったものは、それらの先にありました。
自分の置かれた状況を見て、自分で考えること。何が危険で、何が大切なのかを判断すること。「これはやっていい、いけない」を、ちゃんと判断し行動につなげること。
自分の人生について自分なりの戦略を立てること。
つまり、「一人の大人として、自分の人生を自分で運転する力」です。
私がげんちゃんを「普通の人に育てたい」と思ってきたのは、IQを普通にしたいとか、どこかに就職させたいとかいう意味ではありません。
最終的に、障害があってもなくても、一人の大人として、自分の人生を生きようとする、内側でした。
外側は、内面を育てるための道具にもなる
げんちゃんの場合、内面成長は、難航を極めました。でも外側の能力もなければ、なかなか内面も育てにくい。あまりにも、内面が硬直していて、昆虫みたいな状態で、そこに働きかけるのに、外側の言葉の力や、さまざまな能力を使う必要がありました。
言葉を知らなければ、自分の気持ちを細かく捉えることも、「自分はなぜ嫌なのだろう」と考えることもできません。数字を知らなければ、お金や社会の出来事を分析できません。人間関係についての経験がなければ、相手の気持ちや自分の行動を振り返ることも難しい。
だから、外側も必死で育てるしかありません。でも最終的には、それを道具にして内側をもっと改善させたかった。
「就職できた」の、その先
D君は高校卒業後、A型作業所へ就職し、ホテルのリネン類を扱う仕事などをするようになりました。
もともと素直で会話力もあり、最初の頃は新しい環境に適応しようとよく頑張っていました。ところが、環境に慣れた頃から、精神面の成長が到達点に達したように私には見えました。
彼が行っていたくもんは、「毎日仕事で疲れているから無理をさせたくない」と.ママは言うようになり、D君が休みたいと言えば、良く休ませるようになりました。私に言わせれば、仕事といっても、高々1日5-6時間、普通よりずっと短いです。
そのうち、お母さんから、
「Dは、家に帰ると、ずっと携帯を見てるの。」
と愚痴るようになりました。
でも、D君は、社会に出て、障害者枠であっても、働いてお給料ももらい、障害年金ももらう、ある意味、きれいな形になったことで、どこかママは満足しているような気がしました。
今までも、本人が負荷にぶつかってジタバタすると、比較的早く「この子には無理なんだ」とどこか受け入れていました。
きっと「もう少し成長してほしい」という気持ちはあれど、「障害があるのだから、このくらいでも仕方がない」という物差しも、ママにはあるのだろうと思いました。外側の形を整えてあげることを優先に考えてはいるけど、内面成長に対しては、どこか満足している、いや、放置しているのでは、と感じました。
外側が整っても、内面成長は一生続ける
これは障害のある子だけの話ではありません。
一般の子育てでも、「いい学校へ入り、良い仕事について、結婚して家庭を持った。よかった、幸せになった」と、人生の外側の形を追うことがあります。
ただ、一般の子どもなら、親がそこまで意識しなくても、仕事や人間関係、恋愛や失敗などを通して、勝手に内面が育っていくことも多いでしょう。
でも、げんちゃんを育てながら、私はこの子たちは、そう言う流れは難しいと感じてきました。
内面そのものが育ちにくい子なのです。超ド級に!、外の障害は強くても、心がしっかり育つ知的障害のお子さんもいます。そういう子の中には、普通よりずっと精神性の高い成長を遂げる子もいます。
そういう子は、不思議と外側も少しずつ、育っていきます。
しかしげんちゃんのような子は、内面成長を意識して、そこを基準で見ていかないと、ほんとにどんどん落ちていくように感じます。
同じように、たとえIQが高いお子さんでも、まったく生きる力にかけたりする場合もあると思います。
障害があろうがなかろうが、内側の成長は、一生させ続ける環境を整え、歩みを止めさせてはいけないと思っています。
だから、「どこの学校へ入れるか」「どこへ就職させるか」だけではなく、「その環境を使って、この子の中の何を育てるのか」、この環境で、それが可能なのか、という視点が、とても大切なのだと思います。
調理師専門学校をやめさせた理由
そのことを私自身が強く突きつけられたのが、げんちゃんの調理師専門学校でした。
げんちゃんは面接に通りました。げんちゃんが専門学校へ進めるところまで来たのですから、外側だけを見れば大きな前進です。
18歳を過ぎた、障害のある子に、毎日通える学校があるなんてありがたいことです。普通なら「せっかく入れたのだから二年間通わせればいい」と考えるのかもしれません。
でも、本人を見ていると、「料理を学びたい」「ここで頑張りたい」という思いも希薄で、お母さんが用意してくれた環境で、適当に過ごせそうだから行く、こんなモチベーションでした。
私は、このまま行かせたら、げんちゃんの内面成長は、さらに後退する。と感じました。第一、ついていけるはずもない!
「自分の人生は自分で動かさなければならない」ということを教えたいのに、
「お母さんが何とかしてくれる」「用意された場所で過ごせばいい」に戻ってしまう。だから、私は、入学をすっぱり辞退したのです。もちろん迷いました。
でも、外側の安定より、内面の成長の可能性の方を選びました。
ようやく、内面成長が始まる
その結果、その挫折は、げんちゃんの心を揺さぶる出来事の1つとなりました。そして半年ほどたった今、21歳のげんちゃんに、人生初の内面の成長が始まっているように感じます。
ようやく、「自分でアクセルを踏まなければ、自分の車は走らない」という、ほんとに当たり前のスタートに立ち始めたのです。
げんちゃんが幼い頃から、私が本当に育てたかったもの、そしてまったく育たなかったもの、まさにこの内面成長だったのだと思います。
公開コメント 承認後公開
こんにちは。
げんちゃんの快進撃に驚きと感動を覚えたまま、訪問するのがご無沙汰になってしまいました。
なんと運転免許取得へ挑戦している所なのですね。
またまたびっくりしました。
介護と同じような熱量とのこと。
しっかり自主性がありそうですね。期待してしまいます。
フォークリフトがいい足掛かりになりましたね。
実技や路上はどうなるんでしょう。
私もドキドキしてしまいます(笑)
調理師学校へ入学する前に取得できるといいですね。
自動車学校のスケジュール調整も、いい経験ですね。
googleカレンダーを駆使するなんて、今どきの子ですね。
(息子の学校はアナログで手帳を駆使するよう指導されます)
”一人の大人として、自分を運転する力”
まさに、そうですよね。
結局、頼れるのは自分だけ。
親がいる今、その練習を重ねていくのが彼らの重要任務ですよね。
自分で納得して自分の力で動かないとということが、本人にわかったというのは大きいですね。
ここが一番難しいです…
息子も勿論、自分で運転する力が必要なのですが、まだそんなレベルではないです。
・自分の身を清潔に保つ
・荷物を少なくする
まだこんなレベルです…
どーーーしても、清潔に保てない(保とうとしない)ですね。
最近は怒り出す始末です。
これも自分で納得して「清潔にしなくちゃ」と思えないとダメなのですよね。
先が長いです…
とんままさん
コメントありがとうございます。げんちゃんがとんちゃんの年齢の頃、私も遠い道のりと考えていました。やる気がない、深く物事をとりこまない。もちろん清潔感も欠如しています。まあ、今も完全にあるわけではないですけど
高校卒業しても、のらりくらり、やらされることをただやっているだけ。中身は薄いです。
もし今のげんちゃんのような子を見たら、は~~~~うらやましい。となっていると思います。
しかし、外側ではなく、内面がかわると、ほんとにかわるんだな、とびっくりしています。とはいえ、問題は相当多いですから、日々いろんな事件もおこっています。
内面が動き始め、自覚というのができてくると、なんか自らの機動力が生まれるんだと知りました。
S先生の所に行く暇がなく、結局、S先生を卒業してしまったことが、大きなきっかけだったように思います。いつでも誰かが横にいて、いつも、引っ張り上げないと落ちてしまうげんちゃんが、卒業後3年目にして、S先生のおかげもあって、微妙に内面が上がっていっていたときに、流れで、S先生の指導を全く受けない、今までとは全く違う環境に置かれて、やっと内面が成長していることが外側に出てきたと言う感じです。
あ、いまだ! と言う直感もあって、一気にカリキュラムをふりかける、そんな感じです。
実は、自動車学校と並行して、パソコン教室にも週に何時間かずつコツコツ行かせることにしたら、(自動車学校だけだと、時間があまる・・・)html,css(ホームページ作りの基本コーディング)のクラスにけっこうはまり、またまたAIを使って、解説してもらいながら行くのを楽しんでいるようです。
ITの基礎的なスキルは、どんな仕事についても必要だと私は思うので、まずはと言うので行かせました。
げんちゃんは、案外プログラミングも好きなことがわかりました。ただ、算数は壊滅的です。今でも。まだそこに焦点があたってないから、しかたないとあきらめていますが、いつの日か、そこに焦点があたれば、最低限のことはできるようになる気もしています。
だから、外側じゃなくて、内面から変わっていくことを、願いながら、こつこつやっていくしかない、と思いました。とんちゃんも、小さなブレークでも、大きなブレークでも、どこかで来ると思います。
げんちゃんは意識レベルから言うと、最も最低のレベルにいた子です。たけ子先生には、奇跡と言われました。意識レベルがかわったことが・・・
あきらめず、働きかけ続けることは、ほんとにしんどいです
でも、ほんの少しずつでも、前進していけば、絶対に後退はないので、やはりあきらめずに続けたいです。とんちゃんも、意識が動いて内面から変わる日がいつか来ると思います。
アナログ手帳ですが、高校までは、そっちの方が意識への働きかけはいいと感じます。
訓練になります。でも、ある程度したら、デジタルを活用して、あらゆるところをカバーしてもらうと言うのはよいと感じています。
チャッピーに、ママの代わりに上手な説明をしてもらったり、チャッピーの発達ママのための活用法、というのを今開発中です。(笑)
ママの精神衛生を良くたもつために・・・