関係代名詞の英語の問題、意味を考えながらプリントやってる時もあるけれど・・・
18歳までの大きな目標
18歳になるまでに、人としての基礎を作らなければ・・・・とずっと思ってきました。
基礎と私が考えているのは、基本的な生活スキル、基礎的な学力、ソーシャル、運動能力、常識的な行動、ちょっとした教養(普通のレベルで歌が歌えるとか、リズム感がそれなりにあるとか・・・そういうことも )
なんてものを考えています。
げんちゃん、どれも微妙です。
しいて言えば、運動能力だけは、なんとか標準的なレンジいるような気がします。
彼にダンスを踊らせてみたりすると、とてもどんくさくて、標準とは言えない気もしますが、脚力や体力など、運動能力検査などでやる項目は、普通をクリアしているように思います。
キャッチボールは私よりうまいし、水泳も私よりも早いです。
短距離走は、クラスで真ん中より上でした。
幼児のころは、ふらふら歩いて、運動能力なんて皆無のげんちゃんで、5歳児のくせに、2歳児くらいの運動能力でした。
だから、私は、あらゆることをげんちゃんにしました。ほんとに、あらゆることを(思い出すすだに、くらくらしそう!)・・・~・・・運動能力は、ひたすらその賜物です。・・・
しかし、それ以外は、レンジの外です。
時間の計算などは、いまだにすらすらできませんし、マナーとかだけじゃなく、激しく常識がないです。
例えばこんなエピソードはどうでしょう。
日常のちょっとした事の中にも、とんちんかん
インスタント味噌汁事件、
お椀の半分くらいしかお湯をついでいない、インスタントみそ汁を見て、私が声をあげました。
「げんちゃん、お湯が少ないよ!こんなの飲めない。」
すると、げんちゃんのリアクションはこうでした。
「ああ、ごめん、薄かったね!」
びっくりです。溶くお湯が少なければ、味は濃いでしょ。それなのに、平気でこんなことを言います。
普通の感覚が欠落している!
普段から、色んなことを注意深くとらえていないので、なんでも適当、いきあたりばったりなのだと思います。
だから、普通の人には蓄積されていく、当然の感覚とか、常識がスルーされている。
「これはどうしたら、うまくいくのだろう。」とか、「なぜこうなるのかな。」
などという、内部言語を作動させずに、物事をやっているので、寝ぼけたようなピンボケの世界で生きているのだと思います。
たとえば、何かを見た時も、漠然と見るのではなく、
「これは何?」とか、「あ、これは○○のようだな。」
とか、言語で物事を抽出して、自分の中に入力してやらなければ、目の前でおこっていることは、ただ、過ぎ去っていくだけのことが多いです。
言語能力を上げないと、物事は捉えられない
げんちゃんは、見ていても、そこに言語化という作業がないので、すべては混とんです。
げんちゃんは、自分に圧をかけ、自分の中から言語を紡ぎだしながら、生きていく必要があります。それをしないので、すべてが平均的に行かないのだと思っています。
もっと自分の心を使い、あらゆることから、言語を紡ぎ出していく必要があります。
でも、改善していないわけでもないようです。
げんちゃん、たまに頑張っているときは、こんなことがありました。
「ただ、英語のプリントやってても、何にも残らないよ。なぜそうなるのか、ちゃんと意味を考えないと。そういうことを言葉に出しながら考えてやりなさい。」
と私が言うと、
昔のげんちゃんには到底できないことですが、げんちゃんはぶつぶつ言い始めました。
「○○が××だっていうことは、主語が○○だから、これは▼▼で~・・・。お姉ちゃんが、ぶつぶつ言いながら試験勉強してるやろ。あれをやるんだよ~・・・(独り言)。」
いつもしっかりそれをやってるところまで行けば大したものですが、ごくたまにの快挙で、しばらくすると、また無言です。
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げんちゃんママさん、前回の記事への返信をありがとうございます。
げんちゃんママさんが仰る発達のような子たちが高校卒業後に進学する学校というのは、福祉大学、チャレンジド大学と呼ばれるところでしょうか。
地域によって呼び名が変わるかもしれません。
高等支援学校卒業後などに就労や自立した暮らしを目的に通うところです。
面接や接遇など社会人としてのマナーや暗黙のルールを学んだり、公共機関の利用や一人暮らしに必要な知識、スキルを学び、練習するそうです。
チャレンジド大学卒業の子をたくさん雇用している事業所を知っていますが、とても良い事業所です。カフェとギャラリーがあり、ギャラリーのアートをデザインするアーティストとして活躍している子が何人もいます。
他にもウェイトレスや物販の店員などそれぞれに合った仕事をされているようです。
とても心のこもった接客です。このような子たちだから採用されたのかなとも思いますが。ちょくちょく利用させてもらうのですが、私の顔を覚えてくれてた子もいて、「前にも来てくれましたね。覚えています。ありがとうございます。」と案内時に声をかけられたときは嬉しかったのと、「しっかり受け止めて、心に刻むことができるから、これだけ立派に働けるのだなぁ」と、このようなことに心を寄せられるから、しっかり働くことができるのだろうなと思いました。
就労移行支援を利用している方も知っていますが、こちらも自己理解を進めながら、自分に合った職業の選択、面接や接遇マナーなどの学び、電話対応、一般常識や教養、様々なことを行うとのことでした。実践的にサポートもあり、職場見学への電話の掛け方など、実際見てもらいながら、良いところ悪いところを指摘してもらったりしてるそうです。
事業所にもよるのでしょうけど、知り合いのところはしっかり指導が入る場所のようでした。
若者サポートステーションという就労支援機関もありますが、移行支援と中身は似ているのかなと思います。
私も高校卒業後が気がかりで、必要なら活用するかもしれないところをリサーチしています。
夏みかんさん
情報ありがとうございます。私も、そういうところが色々あるのを把握していませんでした。
学校で説明を受けたのは、
大学資格はとれないけど、大学と言う名がついているようでした。大学校だっけ・・・
一応、色々見学に行かせようと思います。もちろん私も。
げんちゃんは、勉強がほんとに大嫌い。お手伝いなどは、すぐに取り組むのに、勉強だと、ほんとにいやなんだろうな、と思う仮面ぶりです。
勉強ったって、小学校の日常生活に必要なことなのに・・・
だからといって、今日も、朝ご飯、まったくこっちの指示を聞いてなくて、しかも、また炒めただけの味をつけるのを忘れたメニュー。
普通の子なら絶対あり得ない失敗を繰り返します。
ただ、形をそれらしくやればいいでしょ・・・という、浅はかなことばかりです。
普通の訓練で、自分のそういうとこを改めるようになるのか・・・・
彼を指導できる人は、そうそうたくさんはいないよな~と、ため息が出ます。
またその先の就労ということになると、普通の子でも今は大変なのに、げんちゃんのように、とぼけていたんでは、なかなかだろうな、と思います。
単純作業につければ、できるかもしれませんが、廃人のようになっちゃうんじゃないか、と思ってしまうし。
それなら今までの努力は無駄になります。
ちょうどころ合いの良いコースというのは、なかなかないですよね~。
今からしっかりリサーチされているなんて、すごいです~。
また色々アドバイスしてください!
横浜にも、そういう学校があります。軽度知的障害をお持ちのお子さんが支援学校を卒業した後、日本には通える大学がなかったため、親御さんが作られたとのことです。しかも、こういった学校は、どこも知的障害がなくても通えるようですね。自立に向けた生活訓練を行うコースや就労に向けて訓練を行うコースなどがありますが、行事や訓練以外の探究的な時間もあるようです。
今は、こういった◯◯大学校、◯◯カレッジという所は色々あるので、げんちゃんの2年間のプラットホームとして利用出来る良い場所になるかもしれませんね。
しかし、大学や専門学校に通っても、こういったカレッジに通っても、結局、お金を払って通う場所なら、私達の子は何とかやりこなすところまでは持って来ているので、ある程度は大丈夫だと思います。つまり、高校卒業後の行き先がどこであれ、問題の先送りをしているような面があることは同じだと思います。
問題はお金をいただく立場になって、どこまで通用するかだと思います。ここからは、どの子も等しく難しいですし、全員岐路に立たされると思います。
この2年~6年の猶予期間があったとしても、この年齢からは大筋のところでは変化しにくいので、入学当初のままよりは成長するけれど、根本的には大きな変化はないとして、先を見据えた準備や心構えをしておく期間になるのかなと思っています。
ただ、本人達が自ら準備したり、正しく心構えをしたりというのは難しいので、これも周囲の導きが必要ですよね。それを適切に行ってくれる場所は残念ながらありませんので、親が中心になって行うしかないという現実ですよね。
親が仕事を作って上げるか、知り合いの人にお願いするか、福祉的な就労をするか、一般的な就労をするかの4択になるわけですが、ハッキリ言って全部難しくないですか?本当に困ったものです。
とは言え、げんちゃんの場合は仰る通り、親御さんの言葉に耳を傾ける姿勢がありますので、まだ柔軟に変化して行く可能性が他のお子さんよりは大きいと思います。げんちゃんママさんがS先生などに協力を求めて頑張って来たからだと思います。今までよりは変化が難しくなる時期に入って来てはいますが、げんちゃんのことですから、また、ブログの読者を驚かすようなことを成し遂げてくれるのではないでしょうか。
Takekoさん
そうなんですか~。そういう学校の存在は今まで全然知りませんでした。
色々見学に行って見ようと思います。
げんちゃん、なんとか普通の就労をさせてみたので、彼のだめなところ、なんとかやっていけるかも、と思える部分、把握できました。
今のままでは、普通の仕事につけたとしても、単純労働のみの、過酷な仕事になってしまうでしょうね~。
そういうポジションは、今の日本は担う人が意外に少なくて、げんちゃんでも働くところはあるのかな、と思います。安月給で、単純労働を担う人がいないので、外国人を、なんてことを言ってる、感じ悪い日本政府ですから。
でも、そういう仕事は、人を消耗品のように扱うところも多いです。
実際、スーパーのバイトなども、面接の結果さえ知らせず、お知らせが来なければ、だめだということだから、なんていう、横柄ぶり、
こんなところで、消耗品として仕事をするなんて、いやだな~と思いました。
普通の人でもそんな扱いを受ける世の中ですから、げんちゃんが、人として充実した就労なんて、なかなかあるもんでもないですよね。
でも、しっかり人として立って行く、という目標で、障害者枠だろうが、普通の枠だろうが、精いっぱい頑張ってくれたらな~と思います。
ゴールは、まだイメージできませんが、ただひたすら、今の課題を必死でやるしかないな、と思います。
今日の自分より、明日の自分が、人として伸びている・・・・今は、それしか考えられないです。
そして、書いてあるように、根本が解決していくというこは、ほんとに難しいことだと言うのもわかります。
課題は、色々レベルはありますが、本質は似たようなものです。
だから、頑張るとともに、いろんなところに、セーフティーネットを張っていくことも大事ですね。
まさに、親として、戦略家でないといけないのでしょうね~。
地道に、でも視野を広く。こだわりをもたず、波が来たら乗る。切り替えも早く。
人生哲学が、育児にも出ますよね~・・・
げんちゃんは、何も特技もなく、意識障害もひどい。それでも、ブレークスルーすることを信じるのは、滑稽です。
でも、そっちの方が楽しいので、希望は捨てず頑張ります。
げんちゃんでも、なんとかなれば、他の発達の子は、かなり希望が持てるのではないかな~.笑
そして、18歳になっても、まだまだ組み敷いておかなければ、やばいです。まだまだ指導権など持たせないようにしています。
精神年齢は小学生ですから、それなりのあつかいです。
でもそれができているのは、やはり、S先生のおかげじゃないかと思います。私一人では、あのあつかましいげんちゃんを、導くのは限界がある気がします。
母親一人で、発達の子を導くのは、ほんとに過酷ですね~。