ほんとに、毎日げんちゃんと言う子につきあっていると、こっちの身体に害が出そうです。(笑)
見ていても見ず、聞いていても聞こえず、考えているようで虚無。心を動かして、自分に圧をかければ、ある程度、少しずつでも伸びていくのに、まったくやらない。昔よりもやっている、のかもしれないけれど、まあ、出し惜しみしまくり。
自分は正しい、普通だ。これで何が悪いのか・・・根底に、こういうずるさが取れないので、いろいろやってるわりには、伸びないな~、やれやれ・・・
なんせ、5歳の時の発達検査表の数値が、ほぼ同じだった友達のお子さんは、気持ちが外に出ているので、げんちゃんをしのぐスピードでどんどん成長。ママも働き掛けているけれど、そもそも、自分にかける圧が違う。
3年生の今では、色んなことを自分でしかけて伸びていってます。
げんちゃんは、お勉強も遅々としていますが、それも原因は、心底、捉えたいと思っていないこと。表づらだけ作っているのは明らか。
今週は休日もあって、スーパーに連れて行き、細かく指示をして、げんちゃん自身に買い物をさせます。
日用品売り場で、トイレットペーパーを買わせる。
「どれを選ぶの?」
「何を根拠にそれを選ぶわけ。」
細かく突っ込みを入れて、トイレットペーパーを選ぶための思考をさせ、言葉におこさせます。
げんちゃんは、幅2~3メートルくらいに並んだ、色々なメーカーのトイレットペーパーの、限られた部分だけを見ます。ぱっと気になったものを、じっと眺めている感じ。
「トイレットペーパーはそれしかないの? それを買うの?」
なんて、また思考の圧をかけていく。
馬の手綱を引いて、はいはい、どうどうどう・・・と言う感じです。疲れるね・・
次にズボン。
「ズボンは何をどの基準で選ぶわけ。言いなさい!」
・・・サイズ、好みのデザイン、今から季節はどうなるか、はきやすさや値段・・・
最初はヒントなしで、自分でなんとか考えて言わせる。
まあ、当然ですが、言葉にして初めて、考えるといった感じです。放置すれば、とんでもないものを、行き当たりばったりで持ってくる。
げんちゃんの、本質が見えます。頭を空にして、ただ、目の前のものを、いきあたりばったりで選ぶ。すべての生活は、刹那刹那・・・いきあたりばったり、という言葉が最も適切です。
ズボンなどは、最初、超薄っぺらい、LLサイズを持ってきました。あほか・・・
「あんた、今から季節はどうなるの?」
こう言うと、ハタと気づいて、厚めのものに変えてくる。
「サイズはそれでいいわけ?」
そう言ってやると、思考回路が回って、Mサイズに変えてきた。最後にMサイズのものの一つを持ってきたので、
「なぜそれなの?ほかに選べるものはどれなの?」
と言えば、またごそごそ、該当するもう一枚に気づき、出してくる。
「そうね。じゃあ、その中で、あなたが、それを選ぶ理由は何なの?」
私が聞くと、
たどたどしく、重い口を動かしながら答える。
「色が薄くて、かっこいいかな、と思ったから。」
「それが好きってっわけね。」
「うん。」
店の中で、手厳しく怖い顔で、圧かけているママを見たら、なんじゃ、この親子って、思われるかも、と思うけれど、こいつは、圧かけてやっと、ちょこ~っと心が動くので、ほんとに手間がかかる!
とにかく、目的を考えさせる、と言うことに尽きるのかもしれません。
それから、文房具売り場と、私の買い物と場所を分かれました。げんちゃんに、ある目的のものを取りに行かせます。しばらくして、げんちゃんが私に合流した時、げんちゃんは、平然と
「なかったよ。」
と言うではありませんか。やれやれ、あいかわらず、探せなかった様子です。こいつのあきれるところは、自分が見つけられなかったのに、絶対、
「なかったよ。」
と言う点です。もう何百回というほど、自分ができなくて完了しなかったことを経験しているのに、できなかった、ではなく、なかった、と平然と言う。
ないわけない!
私は、売り場に行って、目的のものがおいてある場所の前に立たせました。ま、人がいなかったら、蹴りあげたいところ。
すると、その場に連れて行っても、目の前にある、目的のものがなかなか目に入らない。
「あ、あった!」
しばらくたたずんで、やっと見つけたけれど、げんちゃんが手に取ったものは、大きさが違う。目的のものはその隣にあるというのに、大きさの違いに気づかない。
「その大きさなの?!」
また私は、げんちゃんにげきを飛ばす。しかし、げんちゃんは、それが、すぐ隣にあるにもかかわらず、今度は、ずいぶんはずれたところを探し始める。
「気持ち入れんかい! 」
人がいなかったので、覚醒せんかい、とばかり、お尻を軽くばちん!
寝ぼけるんじゃない!(ぼ~っとしている意識が、刺激によってぱっとかわることもあるけど、本日は微妙)
げんちゃんは、あ~・・と言いながら、やっと目的の商品にたどりつく。
「これでもないと言うわけ!! 自分が探せないんでしょ。幼稚園生だって探せますよ。ないよ、って、どの口さげて言うのよ! あるやんか!
いい加減にしろ。」
げんちゃんを横目でにらみつけ、指導。
「おまえは、、自分が間違っていない、となんでそんなに横柄に思えるのか。そこが傲慢なんだよ。わかってんのか。
気持ち入れて探せ。どうしても探せないのなら、なんと言うべきか! 探したけど、どうしても見つからなかった、と言うべきじゃないのか?」
自分のことを自覚しろよ。
・・・
げんちゃんと言う子の高慢さ、辟易。私の休みは、こうやって、いつもむしばまれます。心を入れて、真摯に取り組めよ。自分の人生だろうが!
その帰りに、キャッシュコーナーに寄って、げんちゃんに通帳の記帳をさせました。受け取って、
「通帳はどう書いてあったの?いくらくらいあった?」
そんなことを聞く。ぼけ~っとやってるだけのげんちゃんは、
は?っていう感じ。
「何をやるにも興味持って気持ち働かせろ! キャッシュコーナーは、何銀行だった?」
その質問の間に、
「今は、何時なの? 今日は何日なの?」
なんて、方向をかえた質問を入れたりする。まあ、すべてこれらは、普通の人が普通に気持ちを動かして、内部言語使ってやってる思考で、げんちゃんにとっては、誰かに依存して頭を空っぽにして、やらないことを習慣化していることなんだと思います。
そうすると、楽なんでしょう。
・・・疲れながら、唖然としながら、これをこつこつ、とにかく、生活のすべて、自立してやれるように・・・どんな行動でも、言葉でさまざまなことを考えながらやるように・・・時と場合で応用が利くように。
忍耐して指導を続けています。・・・私自身、あまり振り回されないように、少し離れたところで、げんちゃんを冷ややかに見る視線を持たないと、身が持たないな、と思います。秋のホリデー。発達ママの精神の平安を祈ります。
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なかなか難しい育児ですよね。
息子は中2になり、私の言うことを全く聞かなくなりました。
勉強もやる気もなく、とうとう5教科合計100点以下に😨
何を言ってもやらず、やる気もなく。
かろうじてサッカー関連だけは話を聞いたり一緒に行ったりしますが、サッカーですらやる気を失いつつありました。
5月から膝の痛みで、夏にようやく治ったのに、怪我しにくい体の動きになるよう通ってたところで、動いてない神経をおこしてくれたことで、痛みに鈍感だった息子が、痛みを感じやすくなり、頻繁に痛みでサッカーを見学せざるをえず、すっかりサッカーのやる気も低下していたみたいです。
先日たまーに教えてもらっている社会人(もともとJ下部の方で本気でプロを目指していた方)に久しぶりにレッスンお願いしたら、息子のやる気が低く、ほとんど言葉で指導されている感じでした。
その方にすら何を言われてもやる気がないような返事で💦
熱い方で、本気でいろいろ話してくれ、結局息子は変わらずほとんどサッカーせず、レッスンは終わりに⤵︎
ただ、その方のおかげで、スマホ依存症になっていた息子が、スマホをもう見ない!と宣言し、その日から今まで約1週間、本当に触らず、空いた時間はほぼボールを触ってます。
勉強もやるようになりました。そうはいってもちょっとですが、それでも前は全くやろうともしなかったので。
小学生の頃、一時期スイッチにハマりまくり、どうしようもなかったんですが、ある時もうやらないと言い、本当にそれからやらなくなりました。今もすぐ使える状態にありますが、一切やりません。
スマホもいつまで続くかわかりませんが、続いてくれればいいなと思います。 1
どう導いていけばいいのか苦悩しますね。
息子も圧をかけようとしても私ではかからなくなってきました。
身辺自立も怪しいです。何も言う人がいなければ、着替えない、洗顔も歯磨きもしない、お腹が空いても食事すら自分で用意しようとしないです。ご飯が炊飯器にあっても、食パンがあっても食べません。
そして仕事中、お腹空いたと電話がかかってきます。ご飯をついで納豆で食べてなど言っても帰ればやっぱり食べないで待ってますよ。
出来るのですけどね。やろうとしないです。
最近は基本的生活習慣のだらしなさが顕著で頭を抱えています。
気持ちをしっかり入れるにはどうしたらよいのでしょうね。 2
みかんママさん
大変ですね!
げんちゃんと、お子さんは全然違うタイプなので、対処法がよくわかりませんが、感情がかなり優位なのでしょうかね。
感情というものを優位にすると、本人自身、かなり振り回されます。
S先生の言う、意識を中心に動けると、どんな時でも、冷静さが自分を支配して、苦しいことでも頑張れたり、抑制が効いたりするようです。
サッカーに打ち込めた時期がとても長かったのに、突然やる気失う。普通の人でもありそうに感じますが、そこで挽回してくるのは、やはり、理性でしっかり自分を見つめて、次のステップまで昇華して、あらたにまたやる気を奮い立たせた時だと思います。そこに来たら、前よりもっと大きく成長していて、前とは違うステップに上っています。
お子さんがまたサッカーにのめりこむとしたら、そういうステージになっているのか・・・はたまた、また感情がブームをおこして、再スタートしたのか・・・
しっかり判断してみたらいいのかもしれませんね。
発達君は、自分の意識コントロールがほんとに難しいです。げんちゃんなんて、最難関だとさえ思います。
お子さんが、勉強をするようになったことは良かったですね。もともと能力のあるお子さん、やる気になったらちゃんと巻き返す力があると思います。自分が納得すればなんとかなるけど、納得しないと、てこでも動かない・・・すごいお子さんだけど、お母さんは大変ですよね。
でも、感情優位で動くのなら、やはり、それを上手にシャットアウトしたり、感情が乗らないことでも、理論的にうまく納得させて、やるように仕向けたり、する必要があるのかもしれません。
納得のさせかたは、ほんとに知恵がいりますね。
2
夏みかんさん
できるのにやろうとしない
そうなんですよね~。知的障害、できない・・・と判断されてしまうのですが、ほんとにできないんだったらあきらめもしますし、ステップダウンもします。
しかし、そうではない。感じようとしない、やろうとしない、考えようとしない。
そこですよ。げんちゃんも、爪が伸びていても、言わなければめったに切らないです。とにかく、考えたり、気持ちの中に入れたりすると、めんどくさいので、ひたすらルーティンだけをやる、らくちんな世界に生きようとします。
自分で考えるくらいなら、体力のいるようなきついことも平気。考えをめぐらし、思いをめぐらし、本来の人として生きるくらいなら、重労働させられた方がいい。
そんな選択をする人間です。
なんか、げんちゃんのそんなところと、本質的に同じものがあるのかもしれませんね。
人としてそんなの許されるわけないので、ほんとに圧をかけまくり、それがどれほどあほでゆるされないことなのか、必死で感じさせようとする歴史・・・げんちゃん育児と言うのはそんな歴史です・・
もし、やってなかったら、げんちゃんは今頃、幽霊のように宙を見て、狂人のような人間になっていたと思っています。
しかし、圧をかけるのがママだけは限界ですよね。
なんとか良い知恵が浮かぶといいですね。助っ人もあらわれるとうれしいし。
大変で壮絶です。私も
言ってもわかってもらえないので、職場でも普通の顔してますが、ぼろぼろへとへとで、一日が始まるときが多いです。これを何年つづけてきたことか。
ほんと、息子と私、魂の勝負といったかんじ。
私のせいも根も尽き果てて、死んでしまう時があるなら、その時は、お前が先に死ぬ時だ!お前のわがままや、傲慢に絶対に道をゆずらないからな!それくらいの覚悟でやるしかないと思っています。
それほど、げんちゃんのような発達は、すさまじいです。
しかし、発達障害というのは、常識の破たん、人格の破たんみたいなところがある。でも、根がプラスの子とマイナスの子がいるように思います。
げんちゃんは、マイナス。あわよくば、ずるい方に滑り込む。
そのマイナスには、相当でっかいプラスで臨むしかない。
疲れます。プラスでかためて、神様の応援を願うばかりです。 3
おっしゃる通り、ずっと本気で向き合っているとこちらの心身が疲弊してきます。げんちゃんママは本当に頑張っていてすごいなぁと思います。
高校に入学してから私の気力ががぐんと低下してしまいました。今息子なりにやれてることが息子なりの力なのだと思ってます。全然物足りないですし、もっと本気になってほしいと思いますが、言葉で圧をかけるのももう無理な感じです。
何も言わないとゲーム三昧。ゆるい課題だけはやってるようですが、定期テストの点数も一気に低下しました。でも正直いまさら点数あげる意味もないですよね。気分は滅入りますが。
道なき道を進んでいくしかないんですよね。はぁ〜何をやってあげたらいいのかわからなくなってます。 3
仰る通り、どんな時でも言葉で考えられる癖をつけて行くことは改善の早道だと思います。
しかし、もともと言葉で考えることが得意な子とそうでない子がいますし、また、言葉で考えるのが得意でも論理がねじれていて、むしろ言語能力があだになっている場合もあり、本当に難しいです。
逆に論理が真っ直ぐで言語能力の高い発達の人は健常者がかなわない程の状態で、うらやましさしか感じません。
私も育児で苦労していらっしゃるママさん達の心の整理と心の癒しのお手伝いをさせていただきたいと思っていますが、これも言葉によって真っ直ぐに思考する練習を提案するようなものです。雑念をなくして、シンプルに必要なことだけに目を向けるインナーシンプルです。
しかし、げんちゃんママさんのエネルギーが枯渇しないのは、やはりスゴイと思います。そして、その分げんちゃんはライフスキルを着々と身に付け、思考力もアップしていると思います。
それに、やはり、ちゃんとお買い物に付き合うげんちゃんは偉いと思います。げんちゃんママさんもスゴイです。他の方々は、まず、そのエネルギーも維持するのに苦戦しますし、それ以前に子供が付き合ってくれませんので、二人ともがスゴイです。 4
ゆうママさん
ゆうママさんのため息が聞こえてきそうです。
高校になってくると、普通のお子さんの能力が相当あがっているので、けっこう差が開いて、どこから手をつけるべきか、うろたえます。ほんと!
げんちゃんの学校は、幼稚園のような学校でしょうか・・・
支援クラスみたいなこともないし、普通クラスみたいなこともない・・・
なんか、そう、幼稚園みたい。みんな、楽しくやろう!
でしょうか。サンクチュアリみたいでもあります。支援クラス系のお子さんは、確実に落ちるんじゃないかな~。学校任せにしていると。もとが優秀なお子さんで、たまたま完全落ちこぼれた、と言うお子さんにはぴったりです。
つまり、指導力というものが皆無です。校長先生コンセプトは悪くはないけれど、対外的に成功しているだけで、しっかり指導できるスタッフはほとんどいないようです。まあ、でも、ありがたい学校ですから、場所を借りさせていただいています。
げんちゃんは、小学校の勉強のレベルをステップバイステップで進めて、本質的な改善は、とにかく生活でやるしかない、と思っています。まあ、そこが難しいのですが・・・
家事をとにかくまかせられるところまでできる能力をつける。我が家の家事責任者にする。買い物や様々なことも含め・・なんせ、無責任男ですからね~・・長期目標、短期目標、とにかく、コツコツ設定してすすめていくしかないです。
中学から離れて、思わず、目標がなんとなくぼやけるときがあります。目標を子供にしっかり伝え、追いかけるようにしなければ、と思います。
ゆうママさんのお子さんは、ゲームに逃げちゃうんですかね。少し先を見つめることができるようになるといいですね。げんちゃんも、将来の夢、とか聞いてもぽか~んですから、せめて、短期目標を語っています。
ロボママさん
サロン開設おめでとうございます。
能力がどんどん発揮されて、たくさんの発達ママがまた飛び立っていけるエネルギーをいただけることでしょう。がんばってください。
そうですか~。お買い物ついてきてくれませんか・・・
ふりかえれば、げんちゃんは、5年生あたりから、ほんとに、自分のわがままが炸裂して、バカ丸出しに気づかず、好き勝手。しかも、自分は普通くらいの感覚。
たぶん、私一人では手におえなかったと思います。とにかく厳しく抑え込み、身勝手が絶対に通らない、ということを格闘して教え込む。何度も何度も・・・
どうしても、私では圧が弱い時は、S先生に心を縛り上げるような圧をかけてもらう。
や~っと、自分も、ちゃんとしなきゃな・・と思うようになったのかな~・・・とは言え、ここ2週間、完全にずるく上手に、無になってたので、吐きそうでした。昨日くらいから、またましになって、今日は平和な日曜日。
まだまだ小学生のように、私の指導に多少は従うのも、精神が幼稚なのと、私にはさからっても、絶対通らない、と思っているのと両方あるのでしょうかね。
げんちゃんの気持ちが入っているときは、(1か月に数日程度、)けっこう楽しい時もあります。まあ、それでも、想定外のことをやってくれるので、一瞬の幻のようなものです。
言語は、算数よりましですが、ほんとに低いです。なんせ、的を得た伝え方ができない。わかっているだろうと、思うことが、まったくということばかり。
各駅列車で北海道まで行くような感じかな~。確かにエネルギー切れせず、やっているな、と自分に感心します。(笑)
げんちゃんに殺されないように、距離おいておかねばやばいです。
お忙しいのにコメントありがとうございます。 4
こんにちは。
こちらもスーパーへ行き、買い物をさせました。
昼食購入という一点のみでしたが。
似たような事が起こりましたよ(笑)
毎度のことながら、イライラしますよね…
血管切れそうですよ。
何が食べたいか聞くと、納豆巻きとのこと。
早速、納豆巻きを本人に探させました。
ちなみにこのスーパーには初めて行きました。
しかし、スーパーなんて似ていますからね、今までの感覚である程度は分かると思います。
お総菜売り場が見えているのに、手前の飲み物やデザートがある所をうろうろしたり。
「納豆巻きはここにあると思うの?」と問うと「ない」と。
わかっていて、なぜそこをうろうろするのか??
ホント、何も考えていない証拠です。
何とか無事に納豆巻きを見つけました。
するとすぐに、値段が違う納豆巻きがあることに気が付きました。
「なぜ違うと思う?」と聞くと、何も出てきません。撃沈。
「どこが違うのか」と聞いてもだんまり。
パッケージの文字をよく見なさいと。
「12と9」と言いました。(12個入りと9個入り)
何が12と9なのか、しっかり言葉を使って言いなさい。云々。
お総菜売り場の前で叱り問い続ける母親。
偶然居合わせた人にしたら、何だこの母親は!!状態ですよね…
やっとのことで、個数が違うから値段が違うという所に持ってきました。
どちらが高いのか聞くと、9個の方が高いとか訳わからないことを言い出したり。
ちゃんと考えていないのですよ。
その後も他のお惣菜で説明しましたが…。
全然心を入れていません。
こうやって毎日、いや毎瞬問い続けないと、改善しなさそうです。
ホント、毎瞬じゃないとダメだなと感じました…
2
とんままさん
ほんと、どうして、ここまで考えないのか、ため息が出ます。
質問したら、わからないわけではない。
でも、考えるきっかけを作りきらないというか・・・厄介です。
幼児は、お母さんがお金を払うので、買い物のとき、あまりお金のことは考えないと思います。まるであれでしょうかね。自分には関係ない、という感覚だと思います。どの置き場というのも、いつも見てるでしょ、と言いたいけれど、今までの歴史の中で考えたことも、情報処理したこもないから、ないのと同じようになる。
とにかく、横で、見えていると思っても、ほら、これは何?みたいな、幼児に聞くみたいなことをしてやらなければ、きっかけがないというわけでしょうね。
買い物でも、とにかくママについてきている、というスタンスはやめた方がいいですね。ほんと。
いっしょに買い物に行っていても、責任を持たせるアクションをさせなければなりませんね。
なんでもかんでも、自分がやる、という立ち位置では、少しは情報処理するでしょうから。
お買い物は、何割引きとか、さまざまな、小学校上学年の算数がいります。げんちゃんは苦手なので、買い物は算数が、生活から切り離せないと教えるのにとてもいいです。
それにしても、ほんとに何から何まで、やらせないといけません。その時の声掛けも、なかなか知恵をしぼらないといけないです。ほんとに大変ですyと~。 1