ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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ホームスクールへの軸足

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本文には関係ないけど、やっと、げんちゃんは、工作らしきものを自分で始めました。まあ、幼稚園児並・・・というとこからですね。屋根の黒い煙突みたいなのは、SLの煙突の飾りなんだとか・・・世界を救った子ども達、という看板がついてます。下手ですが、なんかおもしろい。

  毎日が、めまぐるしい日々です。発達育児がなかったら、もっとのんびりだったと思いますが、好む好まないにかかわらず、仕事と、げんちゃん育児であっという間に、上半期が終わりそうです。
 5月の安曇野セミナーから、こっち、たくさんのことがありました。
 げんちゃんは、野球教室に入ったし、そのあと、あるご縁で、オリンピック体操選手目指してがんばっていたという若者に出会わせていただいて、時々、げんちゃんの体の指導をしていただくことになりました。そして、先週は、ブレインジムの灰谷先生の紹介で、先生の教え子さんという森先生に、体に残っている原始反射を診ていただきました。

 安曇野レポートもまだまだしたいのに、書くのがおいつかない・・・とほほ・・・

 そういう訳で、この1ヶ月は、私の中でも、相当、エポックメイキングなことが目白押しでした。

 当のげんちゃんはというと、家庭生活を中心にした、小さな社会では、大きな問題も少なくなり、私自身も少し楽になっています。たぶん、ゼロから一をつけるステージは、ほんとに、毎日、死にそうな思いをしてた気がしますが、今は、1から先を進めるにあたって、ゼロから1ほどのストレスがなくなっています。

 それに、算数の学習障害も、いきなりどんと伸びた、という感覚はないものの、安曇野のおかげで、確実に少しずつ、前に進んで行ってる感があるし、字の宿題は、書くと言うこと自体に四苦八苦してたのが、かなり、それも、ストレスが少なくなってきてます。(まだまだ、破綻した字で、きれいな字にしていくことに苦労してますが。)

 第一、コミュニケーション能力はかなり上がっていて、ラ行やサ行がやや、聞き取りにくいことや、ややどもりぎみ、ということはあるものの、人様の前に出して、いきなり、恥かきまくり、という以前のステージは、遠い昔のようです。

 とはいうものの、課題は山積み。・・・ではあるのですけど・・・

 今日は、ちょっと、支援クラスと学校のことを書いてみたいと思います。

 4年になって、私と学校の関わり方は、少し変わりました。3年までは、私は、ほんとに、足げく学校に通い、げんちゃんを、集団の中で客観的に観察することにとても意義を感じてました。行くと、ほぼ落ち込むことが多かったのだけど、伸びてることを確認する意味でも、どこをテーマに、ホームスクールをするのか、戦略をたてるためにも、学校見学は、私には、とても大きい問題でした。

 それに、担任の先生や、支援の先生との連携も濃密にやっていってました。

 でも、4年になったら、私のその意欲は、まったくなくなってしまいました。

 一番大きな原因は、げんちゃんが、集団では、色々問題あるけれど、小さな集団、(家庭とか、慣れたお稽古ごとの小さな社会とか、お友達と遊ぶ小さな集団とか、初対面の大人とのかかわりとか)そういう中での、はらはらするような問題が、少なくなってきているので、私の中で、普通クラスでバランス良くやることのみが、目先の短期目的ではない・・・と、少しさめてきたからだと思います。
 それに、ホームスクールで学校を休むし、支援に所属するげんちゃんが、完全アウェイの普通クラスで、浮いていたとしても、それは、げんちゃんの発達障害のみのせいではないだろうな、とも思うからでもあります。

 担任の先生も、全然悪い感じではないけど、こっちが、めちゃくちゃエネルギーを使ってまで、普通クラスにとけ込ませることの意義を感じなくなってるのかもしれません。

 そういうもろもろがあって、普通クラスの担任との間で、3年までは、やりとりしていた連絡帳も、今年は作りませんでした。連絡帳を書くのも、けっこう手間だし。・・・

 そして、支援クラスに対しても、なんだか、まったく変わりました。今年になって、支援の担任が、支援クラスが初めての中年の男性教諭になりました。彼は常に、普通の子を見る視線で、げんちゃんたちを見てるような気がします。あるいは逆に、悪気はないけど、障害児という目線なのかもしれません。どちらにしても、私との視線がずれるのをいつも感じます。たぶん、先生とはいえ、専門性もいるんでしょうね~。この子達教育は・・・

良いか悪いか、と言えば、先生は、良い先生だと思うのですが、去年の先生のように、げんちゃんの細かいことに目をやって、色んな気づきを報告してくださる感性は求められません。
「今日は、○○の問題をがんばりました。」
「教は、○○の問題は、かなり間違いました。もっとやっていく必要を感じます。」

一生懸命書いて下さる連絡帳も、味気ない報告が多く、げんちゃんの峰と思われる、ボキャブラリーの豊富ささえ、彼にしてみたら、
「文章を組み立てる能力の足りなさ」
ということの方が、目につくようです。彼のげんちゃんは、あくまでも、4年生からスタートなので、ここまで来るのに、どれだけの努力の積み重ねがあったか、ということも、わかってもらおうと思う方が、無理なのかもしれないよね。

 だから、普通クラスの学習指導と同じような感覚で見てる視線を少し変えて、細かい、気づきを書いて下さい。なんていうのも、彼の教師人生でつちかったものまで、替えて下さい、という要求に近いのかもしれないですよね。それも無理な話です。日々、連絡帳をわくわくしながら読んでいた、去年までとは違い、最近は連絡帳は、まったく期待せずに、日々開くようになってしまいました。
 大きな問題をおこしてなければ、とりあえず、よしとする・・・

  ちなみに、去年の先生は、

「げんちゃんは、こけて、手をすりむいたらしく、私が気付いたときは、手を洗って、そこに、セロテープで養生してました。なんだか、げんちゃんの生きる力を感じました。」

「マララさんの話をしてました。この年で、イスラム教の外国人の同級生を見て、マララさんのことを思い浮かべるなんて、さすがです。」

 親としては、そういう報告は、とってもはげみになるものです。

 
 だから、学校での細かい様子は、あまりわかりません。
 でも、先生が、悪い先生かと言えば、そうではなく、子ども達に十分愛情をそそいでくださっているようなのは、伝わってくるので、本当に感謝です

 悪い先生にあたる不幸を考えれば、こいういうちょっとしたことは、別にたいしたことではないのだろうと思います。

 
 もともと学校に対しては、期待感がそう大きくないので、思い切って、今年からホームスクールを週に2回に増やしました。よほどの事がない限り、学研の先生とも連携して、みっちり二日取り組んでいます。二日の中には、野球教室もあり、時に指導してもらう、もと体操選手の基礎トレーニングも入ります。時々受けてる頭蓋仙骨治療も、ここに入れてます。最近は、時間がとれず、酸素カプセルはお休みしてますが、そのうち、また再開できたらな、とも思います。

 やはり、2日、どっぷりカリキュラムを考えて取り組めると、手応えがあります。できるだけ、叱ったりせず、好きな、読書もたくさん入れて、どんどんやっていこう。そう思ってます。

 まあ、とにかく、もっともっと、基礎能力をしっかり上げて、彼の心も成長させていけば、自然と、そのうち、普通クラスでも、やっていけるような資質は身につくだろうと考えています。
 つまり、周囲を見渡せる子どもになるために、(普通クラスでやっていける、というのは、社会における、能力の1つのバロメーターではあります。)普通クラスで訓練するのではなく、一つ一つの能力を伸ばすために、もっと豊かな子ども時代をすごさせていけば、帰って、近道だ、と考えるのです。

 とっとちゃんのトモエ学園は、今や伝説になってますが、そういう教育の中で、げんちゃんの色んな能力をのばせてあげれたら、結局、社会で必要とされる豊かな能力を持つ大人に、成長させられるのではないか・・・・
 
 これは、ある意味、実験かもしれないけれど、なんだか楽しいではありませんか。幸い、支援の先生も、ホームスクールには協力的であってくださるし、学校には、感謝してます。

 そして、そんな今日この頃、そうは言っても、学友とのからみも、すごく、気になります。もっとたての年代を含むグループの中で、げんちゃんを伸ばしたい。ホームスクールをする一方で、そういう思いもあり、、お友達のお子さんも、できるだけ、まきこんで、日曜は、いっしょに、フリースクールみたいなのをやりたい、という構想が生まれています。

 先日、2~3時間ほど、お友達のお子さんが協力してくれて、運動公園で、4人の子を引き連れて、遊ばせてみました。私がリーダーシップをとって、ボール遊びをさせたり、ほったらかして、自分たちで遊ばせたり。
 どの子も、とても楽しかったようです。ゲームなんか、なくたって、子どもは、こんなに楽しく遊ぶんだね~。私もとっても楽しかったです。
 平日のホームスクール。日曜は、できるだけ、フリースクールもどき・・・

 げんちゃんの、最近の生活です。普通の子でも、こういうスタイルは、決して、マイナスではないような気がします

公開コメント 承認後公開

  1. みかんママ より:

    こんにちは^ ^

    息子、先日、授業でやりきれなかったと算数のプリントを持ち帰ってきました。
    算数だし、珍しいな〜と思ったんですが、内容みてびっくり!
    自分で丸をつけるミニテスト、0点。

    くり下がりの引き算、筆算での引き算はそれまで解けていたのですが、確かめ算が入り、今までできていたことも本人全くわからなくなってしまったようです。

    3月まで通ってた塾は、必ず概念から入れますと言われ、こんな事はなかったので、普通の子達と違ってやっぱり、概念入れないと厳しいんだなぁと痛感しました。

    速攻でホワイトボードとマグネットピン100個を買いこみ、具体物を使って何回もやったところ、よーやく入りました。

    なかなか手がかかりますね〜。

  2. glow-gen より:

    tさん。
    発達育児は、日々格闘です。成果と、手ごたえが直に帰ってくるときは良いのですが、遅々として、成果に結びつかないときは、ほんとに、やってられないですよねー。
    しかも、中学を意識してきたら、支援クラスもぱっとしないし、普通クラスもぱっとしない・・・ちょっと追いつめられるきもちになりますよね。

    げんちゃんも、読書させてるときは、なんだか、希望がわいてくるんだけど、計算練習をさせているときは、いつも、暗澹たるきもちになります。げんちゃんの、暗算障害は、もう半端ではありません。安曇野も概念を教えられるものの。今だに、計算となると、吐き気がするほどひどい状態です。
    この子は、がっつり障害児やなー・・と感じるのは、計算をさせてるときかもしれないです。

    まだ、あきらめて捨てるには、早いような気もするし、さりとて、暗算にかかる時間は、とめどなく、ほかの時間を奪います。
    怒りがこみあげてきますよー。あほすぎて。それに、ぜんぜん集中しないしね。計算の時は。きらいなんでしょうけど。・・・

    よく虐待せず、がんばってるな・・と我ながら思います。こちらの、精神をさかなでする態度がぐわっとやってきますからねー。賢い子の、目がきらっとなって、集中する表情をみると、ほんと、わが子は、あほやー・・・と思います算数は、普通の子から、どんどん差がついていく一方です。
    最後は、算数を捨てるしかないのかなー・・・

    まあ、落ち込むこといろいろありますね。がんばりましょう。

  3. glow-gen より:

    みかんママさん
    そうですかー・・・でも、げんちゃんよりずっとましですよ。げんちゃんの算数は、たぶん、そうそうほかにいないくらい、ひどいですものねー・・・
    なんか、できた、と思っても、数の量感をまったくつかんでないらしく、ただひっ算に持ち込んで、なんとなくやってるだけのような気がします。
    概念を入れたら、数式は、なんとか作っても、計算ができない・・・
    アインシュタインも、暗算ができなかったと言われているけど、こんなにひどかったのかなーと思います。

    概念を入れたら、できた・・・なんて、なんか、立派やなー・・とつい思っちゃいました。

  4. junママ より:

    こんばんは。いつもながら げんちゃんへの取り組み、本当にすごいです。こんなに向き合ってくれる母親、父親がどれだけいらっしゃるかなって思ってしまいます。我が家の息子も手が掛かりますが、しかし げんママさんほどには出来てないと思います。うちの息子は書字とお箸の使い方が相変わらずダメです。本当に嫌になるほど、です。それでもわずかな進歩はありますが、学年の漢字はこなしていますが、宿題のドリルは私がノートに薄く下書きしたものを なぞって書いています。計算ドリルも問題は私が書いて、本人は答えのみ書く。毎日私が宿題をやっているようなものです。いつまでこんな日々が続くのか…と。ご飯の時も右手にエジソン箸を持っていながら、気が抜けると 左の素手で、ご飯をつかんで口に運んでいます。もう何年も注意しつつ日々の食事をしているのに…です。なんなんだ????と思います。ほんとがっかりです。でも、あんまり毎日なので私のほうが慣れてきて、毎日の宿題を下書きすることも日課になり、食事も楽しく、と思えば 素手で食べていてもイライラしなくなってきました。感覚統合も視覚訓練もやっているけど、手先はそこそこ使えるのに、なんで鉛筆やお箸が使いこなせないのか?最終的にはパソコンですね、って言われていますが。自分が出来ることを我が子が出来ない、どうしてあげたら出来るようになるのか?人間の脳って不思議だらけですね。

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