高校入学時から1年半、成長が見られます。
げんちゃんの高校入学時を考えると、やはり、全く違うげんちゃんがいます。
定期券を一人で買うのさえ、できるのだろうか、と心配するようなげんちゃんでした。学校でサインをもらったり、申込書を出したり、それなりの手続きがあります。そういうの、できるような気がしなかったことを思い出します。
中学卒業した春休み、春休みだけのパソコン教室に通わせましたが、その時の入会申込書さえ、げんちゃん、的確に書くのが難しかったです。ささいな漢字を間違ったり、恐ろしくバランスの悪い字を書いたり、横で、小声で指導するのに汗だくでした。
時間の感覚もまったくないから、
「今日は、学校から何時に帰ってきたの?」
と私が帰宅して聞いても、ぜんぜん把握していないげんちゃんでした。
制服のネクタイも、四苦八苦して結び方を教えました。
通学も、最寄り駅に適当に行って、なんとなく来た電車に乗る。生活は行き当たりばったり。
高校になれば、生活圏も広がりますが、それに適応できるのか、ほんとにやきもきすることばかりでした。
しかし、げんちゃんは、今では、電車の時刻を調べて、それに間に合うように家を出たりするようになっています。抜けると、できるようになった、ということも、いきなり後退したりはするのですが、とにかく、中学より生活圏は広がり、自立度は増しました。
自閉的な部分の、改善のために作文を書く
夏休みは、1週間スーパーでアルバイトをしましたが、いつのまにか、夏休みの前半とも違うげんちゃんがいます。
夏休みの後半から、げんちゃんに重点的にトレーニングしていることがあります。自分の気持ちを表現すると言う練習です。げんちゃんは、かなり昔より心が動くようになっていて、それなりに自分の中で自発的な思いが出てきているようです。
しかし、それを的確に外に出すということにおいては、とても不安定で、言葉を持たない動物か何かのように、もやもやして終わり、とか、消化不良があるなあ~と感じます。
それを、しっかり外に出すためには、作文という手段を使うのが最も良いと思います。
たった一枚の原稿用紙ですが、作文を書かせています。
やってみると、あきれるほどできません。まず、かぎかっこ「」の話し言葉というのが、改行して、独立して書かれるなんてことさえ、わかっていなかったり、句読点がなく、だらだら書かれたり、そのレベルといったら、小学生低学年並みで驚きました。
確か、彼が作文デビューしたのは、小学校4年生。当時の支援クラスの男性教諭が、私の頼みを聞いてくださって、毎日のように、一日日記を書かせてくれたのが始まりでした。
数行の単純な文章でも、平気で1時間かかったりするところからのスタートでした。4年の今なら、少しはやらせることができるかも・・・・当時、2段階アップくらいのチャレンジだったことを思い出します。
あれから、成長するごとに、時々、ぽつんぽつんと書かせていましたが、いつもひどいものでした。
今回、小学校4年生のころからすると、やはり上手にはなっていますが、事情を知らない読み手が、読んでて、全く意味不明、と言う文章を平気で書きます。
前提がない。自分がわかってるから、みんなわかるくらいの感覚なんでしょうか。無残と言っていいでしょう。
今が旬というトレーニング。敏感期到来
しかし、今が旬と言う時期にやらせていることは、やっていくほど伸びていきます。
今まさに旬だと思います。モンテッソーリの言葉を借りれば、敏感期というのでしょうか。
いちいち書くごとに、文法指導、内容指導しています。書く前に、マインドマップなどで、出てこない気持ちを引き出すこともあります。
げんちゃんは、ここんとこ、人に対しても、結構自分の考え(というほど立派なものではないけれど)を、よく発言するようになりました。
ささいなことでは、おばあちゃんが、
「明日の夕食は何が食べたい?」
と、みんなに聞きました。今までなら、げんちゃんは無言だったと思います。しかし、げんちゃんが真っ先に口を開きました。
「う~ん。麺類はちょっとパスしたいな。」
また、体調不良で塾を休んでいたげんちゃんは、塾の先生が何気に
「きつかっただろう・・・治ってよかったね。」
と言うと、塾の先生の机の前にしつらえている椅子に、自ら腰かけて、
「あの、けっこう喉が痛くなって、熱も出ました。その時、お母さんが、○○の薬を持ってきてくれたから、助かったんです。・・・○○△△××・・・・(あれこれあれこれ)」
過去も、それなりに話すことはあったものの、わざわざ先生の前に腰かけて、乗り出すように話すなんてことは初めてだったので、あ、効果が出てる・・・と感じました。
これって、げんちゃんの気持ちが外に出て、それを表現したいように的確に表現する、というところへ向かって伸ばしていく、ということで、まさに本質改善と言ってもいいのかもしれません。
人としてとても大事な部分の改善だと思います。2学期は、ソーシャルに良い変化が起こるような気がしています。
そのために、色んな舞台を与えてやるのがいいな~と、考えているところです。
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げんママさん、こんにちは。
げんちゃんは今、成長が加速してる時期のようですね。中学生の頃は伸び悩んでいるような、意識が低下して這い上がるまでの時間がかかっているといったお話が多かったように思います。
対話から自分を見つめるといったステージに入ってきたのかもしれませんね。
相手を意識したり、誰かのためにという原動力が出てきたりすると、さらに成長が進みそうです。
げんちゃんの成長のお話を読んでると私も嬉しくなります(^^)
夏みかんさん
ありがとうございます。
幼児から、小学校、そして中学校・・・ほんと、動物を相手にして育てているような、苦しい思いが強かったです。
前よりは、改善している、という、わずかな変化を支えにがんばっていたような。
まあ、今もですが。
でも、チャレンジさせていくことは、最初は、相当高嶺のチャレンジだったのが、やがて、普通にできるようになる・・・これの繰り返しでした。
やるかやらないか、の世界なのかもしれません。
でも、コミュ力や、言葉の力などは、自閉症スペクトラムという子供たちには、なかなか大変な能力ですから、個々が伸びてくるのは、ほんとにうれしいです。
何より、動物じゃない、人間のわが子・・・という感じで、かわいさも増します。
1年半の変化、やはり大きいです。残りの1年半も、さらに成長を遂げてくれたらな~と思います。
こんにちは。
作文、立派ですね。
やはり思いを表現するのは必要な事です。
自分の考えが纏まっていないと、文章に紡ぎ出すことなんぞ出来ませんものね。
こんなに立派な作文ではありませんが、こちらも学校で毎日の宿題になっています。
それすらおぼつきません。
私もあまり見てやれなかったりしていたので、適当もいいところです。
2学期からは書く前に、どんなことについて書くのか、しっかりと箇条書きにしてから書くようにしました。
(一応、担任に宣言してみました。私のためにも(;^_^A)
まだ一週間程ですがね(汗)
コツコツ積み上げていくしかありませんね。
卒業するころには、げんちゃんのように原稿用紙にしっかりと書けるようにが目標ですね。
書き方のルールも酷いものですよ…
気持ちの引き出しは本当にキツイですね。
でもげんちゃんはちゃんと他人との会話に効果が出ていますね。
人との会話ができるって、難易度が高いですが、重要です。
嬉しい兆しですね。
こちらも作文頑張りまーーす!!
とんままさん
作文、テーマですよね~。なんせ、気持ちを使わないタイプの子は、ものごとを体験したり、見たりしても、心に入れていないので、ないのと同じだったりします。
ないものを出力しろ、と言われても、できないでしょう。
理解する、感じて記憶するということは、心の作用がないとできないことのようです。
心を使って少しでも吸収してくるようになれば、作文は、テクニックをのばしてやれば伸びるんじゃないか、と思います。
まだまだ心が動かない時は、心をうごかしていくためのアイテムとしても、作文を使います。
この時は、なかなか大変ですよね。
とんちゃんは、げんちゃんよりいくつも年が下だから、げんちゃんの昔の苦労をしているのかな~と思います。
何にもないところから、とにかく少しでも何かを引っ張り出すような作業でした。
こつこつやるしかない・・・
学校の先生が、少しになって下さったら、ほんとにありがたいですよね。
作文を書かせるために、あなたは、何をしたの?とか、どう思ったの?とか聞いてくれたりして書くことで、心を動かす訓練になりますよね。
親がやるには、あまりにも大変で、切れてしまいます。ほんと・・・
げんちゃんは、4年でスタートした時より、自力でかけるようになってきました。内容はまだまだですが、4年生は、とにかく、書き出しさえ難しかったです。
敏感期になると、やればやるほど伸びる・・・そうなるとうれしいのですが・・・
あまり改善してないように見えますが、気の所為でしょうか?
匿名さん
あまり携わっていない人が、ぱっと見たら、改善してないように見える。ありえます。この子たちは、見る人たちの心をためします。