
げんちゃんのオムレツと野菜炒め。ホテルのオムレツを作る、と言って作った。これでも相当ましな日でした。
写真を撮らせる練習もさせるけど(これもげんちゃん撮影)、その画角はおそまつすぎて、毎回ため息です。こんなんで盛り付けとかできるようになるのだろうか・・・
調理師専門学校の入学が決まり、年末を迎えて
調理師専門学校への入学が決まり、入学まであと三ヶ月ちょっと。
日々はあっという間に過ぎ、とうとう年末になってきました。
げんちゃんは、私が入学金を納めたのをいいことに、「これで入学取り消しなどはない」と高を括っているようで、そのことを、ズームで会話レッスンをしていただいている、たけこ先生に、ついペロッと話したそうです。
たけこ先生は驚き、「なんという傲慢さ、なんという呆れた考え」と、すぐに報告してくれました。
他のことはあまりつなげないくせに、そういう小ずるい発想だけは、ちゃっちゃっとつなげる。
「入学金は納めていても、いつでも入学は取り消します」と私が宣言しても、
げんちゃんは「そんなこと言ったって、お金がもったいないんだし、取り消すことはないだろう」と、そういう発想のつながりだけはつけるのです。
つながる思考と、つながらない現実
そんなつながりをあっという間につけるくせに、
ちょっとした簡単なお料理に関する出来事や、ちょっとした、日常の出来事のつながりはあきれるほどつけません。たまたま図書館の近くを通るのだから、期限をすぎている図書を持って行って返そう、とか、こっちの用を先に済ませるのが合理的、とか、考えようとしないのです。それだけではなく、ちょっとした算数の問題、文章題でさえ、真剣につながりをつけようとはしませんから、できるはずのものができないです。
本当に、げんちゃんの身勝手な性分が炸裂しています。彼の精神構造は、傍若無人、自由奔放と言っていいでしょう。
成長はしているが、あまりにも遅いスピード
バームクーヘンを、外から一枚ずつはがして食べるような、もどかしさです。
「エネルギーをかけている割に、成長するスピードがあまりに遅い」
心を使わず、頭だけで、二次元だけでやる行為は、定着しない。S先生の解説は腑に落ちます。
本人の中に、「本気でやろう」「本気で頑張るぞ」「今の自分ではいけない」
そういう気持ちが、あまりにも希薄なのです。
こちらがどれだけ注いでも、栄養をほとんど吸収できない――
そんな表現がぴったりだと思います。
生活環境の変化と、好きなことだけは伸びる現実
ずいぶん遅ればせながら、げんちゃんの部屋を二階にしつらえました。
とはいえ、今までリビングの一角に置いていたげんちゃんの勉強コーナーは、そのままです。
寝るときだけ二階の自室に行く。
また、琴の置き場が一階にはないため、二階に琴をしつらえ、毎回練習のたびに琴をしまわなくていいように、二階で練習するようになりました。
好きなことと、社会に出たときの致命的な差
綺麗な音を出せるようになったり、両手でいろいろ弾く複雑な曲にもトライしているようです。
好きなことを、自分の思いついたように、好きなようにやる。
それならげんちゃんは、少しはマシなことができるのでしょう。
けれど、それらが人間関係や社会的な場面に持ち出されると、
「好き」はとてもまだらで、必ず何かやらかす始末です。好きなことだけ、ぱっと気持ちを入れたところで、ちぐはぐで、社会では全く通用しないまだら模様しかできません。
認知の問題と「自分で感じない」という致命的な弱さ
毎回思うのは、げんちゃんは知的障害というより、本当に精神障害だな、ということです。知的に高い人でも、なかなか社会に適応できないのは、そもそも、発達障害の多くは、精神障害であるからなのかもしれません。
その中でも、げんちゃんは、自分の自我すら自分で感じ取ろうとしないところがあり、自分が何かを感じなければいけない場面でも、まったく自分の感覚に無頓着です。
「つながりを考えなさい」
毎回毎回、私たちはげんちゃんにそう言い続けています。
自分の人生を他人事として生きている危うさ
このあたりを言葉で紡ぐのは、とても難しい。げんちゃんの本質的な問題点は、ちょっと接しただけではわかりにくいです。
自分であって、自分じゃない――
そんな状態が、げんちゃんなのです。
自分の人生なのに、他人事のように、無頓着で生きている。とても無責任な存在です。
そのくせ、「お料理学校だけには行ける」と思っているのですから、呆れます。気に入れば、そこだけ取り込むのです。・・・
お料理学校に行くために必要な力
お料理学校に行くためには、いろんな能力が必要です。
いろいろ特訓はしていますが、一向に、さっさとできるようにならない。
比率の計算、算数。
小学校の算数を卒業して――
いや、卒業というより、むしろ小学校算数を固めるために、中学校の数学もやっています。やりはするけれど、算数は、あいかわらず、体に取り込む必要のない物として扱っている気がします。
三ヶ月後の現実を思うと
この子が、あと三ヶ月で、どうやって普通の人たちが集まる専門学校に行けるようになるのか。
考えただけで、ゾッとします。
なぜ、げんちゃんを福祉の中に入れないのか
「それほど大変なら、なぜ福祉の中に入れないのか」
そう感じられた方もいらっしゃると思います。
私がそれを選ばない理由は、げんちゃんの特性を見ていれば、はっきりしています。
努力という概念が存在しないという現実
頑張ろうとか、そもそも人生とは自分で努力して進化させていくものなのだ、
そういう意識がある子なら、福祉であろうがどこであろうが伸びていくでしょう。
けれど、げんちゃんは違います。
福祉に入れれば、
「自分はここでは上だ」
「自分はできている側だ」
そうした勘違いを、平気ですると思います。
本当の社会人スタンダードを知らないままの危険
そして、本当の社会人のスタンダードを知らないまま、
「自分はできている」と思い込むでしょう。
その危うさが、私にははっきりと見えてしまいます。
慣れが招く、気持ちを使わない生き方
慣れてくると、げんちゃんは気持ちを一切使わず、考えず、感じず、ルーティンでやろうとする。
そうして、人としてどんどん落ちていく。
それが、手に取るように見えるのです。ほんとに私の苦悩はいつまで続くのでしょう~。
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こんにちは。
げんちゃんの入学まであと三か月。
自分の中ではどのように捉えているのでしょうかね。
「残りの三か月を入学準備のために使いたい」という気持ち、今の所はなさそうですね。
入学して、周囲の子たちはどの程度のレベルなんでしょうかね。
「このままではヤバい」と認識してくれるのが一番良さそうなのですが…
思考をつなげること…
先日、学校へ行くときに交通系ICを忘れたとんちゃん。
駅で私に電話しまくったようですが、全く気が付きませんでした。
そこで「もしものために1,000円持っている」ということに気が付き、切符を買って学校へ行きました。
息子のレベルを思うと、よく気が付き行動したなと思いました。
ただ、お釣りの取り忘れがあったのか、残金と使用金額が合いませんでしたが。
とんちゃんも二年後に社会へ出られるような状態にするのは厳しいです。
学校からも言われました。
勿論本人にも伝え、君の状態はぎりぎりどころか、レッドゾーンなんだよという自覚を持ってもらいましたが、どこまで入っているか?
いつもどうにかなるだろうと思っているので(このあたりはげんちゃんと似ていますね)
最近は、20歳前後の人向けの一人暮らしの本や自炊の本を読んでいます。
一人暮らしの本を見たら、気が遠くなりました…
各箇所の掃除の仕方、収納、お金の管理…
私たちが当たり前に行っていることが列挙されていますが、意外と多岐にわたることを行っていたんだなと。
無理だ、とんちゃんやっぱりこれをこなすことは出来ない…
勿論、お料理のことも出てきますよ。
改めて見ると、沢山ありすぎますね。
ただ作るだけじゃない、献立立案やら食材の事、本当に吸収することは山ほどありますね。
お写真のようにテーブルセッティングまでやると相当です。
げんちゃんの思考を根底から作り変えるという難易度の高いミッションは、まだまだ続きますね。
インフル等流行っていますね。
寒くなっていますし、げんママさんもご自愛くださいね。
とんままさん
コメントありがとうございます。
とんちゃんの
「もしものために1,000円持っている」
に気づけたことすごいことだと思います。それがすごいことなのだ、ということが、こういう子を持っている親にはわかります。
ほんとに繋げない病ですから・・・げんちゃんがそれに気づけるようになったのって、たぶん、高校くらいなんじゃないでしょうか・・・・中学の時、水筒を夏の日に持って行くのを忘れ、学校にある自販機でスポーツドリンクを買う、そのお金も、持たせている。
そういうシチュエーションがありました。できませんでしたよ。中学卒業する頃はできたのかな~・・・
そんな子に、なんとか高校に行かせ、つぎつぎ、とハードルを上げて行ったら、今のげんちゃんになりました。今でも、水筒忘れた事件みたいな時に、必ず、バックアップできるわけではなく、その日の気持ちの入れようで、できるはずでしょ、ということができないです。
つなげない時は、ほんとにまったくつなげません。
え?なんで、○○でしょ。みたいなこと言うと、あ、そうだ。そうだよね・・・・とか。
わからないんじゃなく、つなげようとしない。その精神性こそが異常なのです。逆に言えば、つなげようとするだけのことです。
とんちゃんも、つなげよう、とする心を出すとできるんですよね。
能力が低いのではなく、つなげようとする意志を出さない。厄介です。そのくせ、すらすら自分都合のことはつなげます。これは、発達障害全般に言えることだと思います。IQ高い人だって、ずいぶん身勝手な思考をします。
つなげよう。つなげていくことが大事なんだ!
と心のありようをかえることが大事ですが、そういうことがほんとにできるのか、大きな実験ですよね~。
かなり高い目標を定めて、そのための戦略をしっかり立てる。その連続ですが、本人のやる気がそろわないので、やはり遅々としてしまうのです。でも、やはり、中学の頃、高校の頃、げんちゃんが、包丁一つ持つことができないことを考えれば、進化はしていますよね~。
これをいつまで続けて行けるのか、親の根気だけですね~。
こんにちは。
本当に繋げない病ですね。
>そんな子に、なんとか高校に行かせ、つぎつぎ、とハードルを上げて行ったら
傍から見ると「無理させている」と思われたかもしれません。
でも、これがなかったらもっと落ちた状態があったでしょう。
>今のげんちゃんになりました
本当にその通りなんですよね。
ハードルを上げたからこその今なんですよね。
なかなか向上しないとんちゃんを見ると、私はもっと色々やれたのかなと思ったり、いや、過去精いっぱいやってきたとも思ったり。
半々ですかね。
高校で毎日朝トレがあります。
雨でも体育館で。
コツコツやってきた成果が(学校のおかげですが)今、少し花開いています。
半年ぶりに行った障害者バスケで、出来なかったことができるようになっていました。
これは驚きでした。
毎日コツコツ、やっぱり大事ですね。
世の中コスパ、タイパって言われますが、我々の息子たちは恐ろしいほどコスパもタイパも悪いですよね…
そうそう、お恥ずかしながら、とんちゃんに初めて自分で爪を切らせました。
出来ないと思っていたら、出来た。
ちょっと深爪にはなるので、注意が必要ですが。
心のありようを変えるという大きな目標、引き続き取り組まねばなりませんね。
とんままさん
お返事ありがとうございます。
伸びはするんですよ。タイパ、コスパ悪すぎますが、可能性が0出ない限り、やらなきゃ落ちるだけ・・・という恐ろしい選択肢なんですよね~。
普通の子の育児をしている親には、絶対わからないですよね~。
人間に見えるけど、中身は、人間として必要な何かが絶対的にないんです。
まったくなくて、出てくる可能性が0なら、やってもしかたないですが、やったら、少しは変わる。
世の中ではかわらない、と言われていますが・・・
爪を切る。できてしまえば、え?そんなことできなかったっけ?となっていきます。
交通手段を使っての移動だって、やらせていけば、できるようになります。しかし、やらせずに、サポートを付けたまんまだったら、ずっとできないまま。
明暗を分けるのは、小さな一歩なんでしょうね。
体作りは、伸びしろ大きいです。逆に言うと、体ができないと、幼児のステージをなかなか脱することができず、学習、書字、空間認知能力。すべてにおいて足を引っ張ります。
とんちゃんの体がしっかりしてきていることは、うれしい限りです。
げんちゃんタイプ、たぶんとんちゃんも、少し似てるかな。このタイプは、なかなか親は大変ですね。
自ら考えようとしませんからね・・・つながりをつける癖をどうしたらつけることができるのでしょうかね~。
今日も、クリスマス会に出れるか?自立訓練の人に言われ、塾と同じ日なのに、それ以上時間も何も聞いてこないのです。
あきれ果てました。時間がわからなければ、バッティングしているかどうか、判定も無理だし、段取りを考えることもできません。
そんなことさえ、質問さえせず、言われて伝えるだけなんて、発達レベル最低ですよ。
こんな人間がいることさえ、普通の親御さんにはわからないでしょうし、指導者だって、めんくらいます。