ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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成人発達障害、80代の親の死。50代男性その後 その2


自分の世界観がおかしいということを、常識が何であるかを通して、作文でしっかり入力しています。普通のお子さんなら、いちいち言わなくてもわかるようなことも、一つ一つ書くことで、頭に入りやすくなります。一度失敗したことは、こうして、文字にして、二次元でも学び、腑に落としていきます。げんちゃんの本質改善が多少おこってきたのか、字が少しだけ、きれいになりました。結局、そこに価値観を置き始めたということだと思います。字でも気持ちひとつでかわるのでしょう。

 先日の発達障害50代男性の、その後をしたためておこうと思います。

発達障害の彼の身内は、戦々恐々

彼の母親が亡くなって、早数週間。
彼は、姑の家の隣町に住んでいるので、しばらく、姑によく電話がかかってきたようでした。

内容は、生活のちょっとしたことを姑に尋ねることが多かったようです。

たとえば、長袖のシャツはどこで買ったらいいのか、

とか、母親の死後、遠い親戚から電話がかかってきたとか、そう言う他愛ないことが多かったようです。

しかし、最近では、電話もなくなり、彼は、一人でなんとか暮らしているようです。週に数回、ヘルパーさんが訪問してくれるらしく、その人に、大体の相談をしているのだと思います。
お金はどうしているのでしょうか。
彼は、障害年金をもらっていますが、そのほかには、収入はないように思います。生活保護の手続きは進んでいるのでしょうか。

彼に近い親戚は、彼の攻撃的な性質もあって、あまりかかわりたくない、と言うのが正直なところです。向こうから何か言ってこない限り、誰も彼に積極的にかかわろうという人はいないようです。

姑も、おそるおそる、遠目に心配していると言った感じです。

本来、母親が死ぬ前に、もっと親戚の誰にどうしてもらう、とか、段取りをしておくべきだったのではないかと、私は思っています。

親の死に対する悲しみや寂しさは、普通の人より穏やかなのだろうか

そして、とても驚いたのは、彼は姑の前で、母親が死んだ寂しさを、まったく感じさせなかったことです。

耐えているのでしょうか。もちろんそうだと思います。
しかし、げんちゃんに感じる違和感。この子は、私が死んでも絶対泣かないんじゃないか、そういうものも、わずかにあるのかもしれません。

彼は、目の前に繰り広げられてる今だけを見つめているのか、姑に、亡き母親への恋慕の気持ちを、吐露することはないようでした。・・・

私は、あるタイプの発達障害の人にある、感覚の鈍さゆえのことなのかもしれない、と、それを聞いて思いました。

こればかりは、彼のほんとの心はわかりませんから、推測するだけですが、げんちゃんという不可思議な生物を養っている(笑)私としては、つい彼にげんちゃんを重ねてしまいます。

でも、もしそうなら、同情を禁じ得ない、絶望的な彼の環境において、それはわずかな救いでもあります。

心をつかむために、ひたすら作文を書かされているげんちゃん

さて、げんちゃんは、というと、

毎日毎日、心と向き合って、S先生のところで、ひたすら作文をかかされています。
とにかく、自分の心の感じたことが、するっと、認知する前に消えてしまったり、捨てられたりしてしまうので、それをいちいち拾い集め、言葉にする作業だということでした。

と言葉で言うのは簡単ですが、S先生にしかできない技としか言いようなく、
げんちゃんほどの意識障害の本質改善など、私はお手上げです。その部分は、ほんと丸投げになっている今日この頃です。

声は聴けども、まったく内容を記憶していない発達障害げんちゃん

げんちゃんに、何か言いつけをしても、威勢よく返事はしますが、まったく聞いていないことも多いです。気持ちを使って言葉を聞いていないから、単純な音と同じなのでしょう。風のように抜けています。
「え?言ったよね!」

このセリフは、日々よく使います。

でも、聞いていない時、言ったでしょ、と追及すると、しっかり内部に入っていることもあります。
「あ、そうだった。」
げんちゃんは、心の奥からそれを取り出すこともよくあります。

まあ、そんなブラックボックスを、S先生はコツコツ改善しているようです。

昔は、真横で言ったことさえ、直後に反復させようとして、まったく入っていないことが多かったです。小学生のころなど、ほんとに、今言った簡単なことさえ、まったく聞いていない、脳で処理していないことが普通でした。

それを考えれば、とりあえず、単純な言いつけなどは、聞いて頭に残っている時も、多くなりました・・・
それゆえに、逆にもう大丈夫聞いて理解したはず、なんてこっちの思い込みがあるものだから、どかんと、外すことが多々あるわけです。

結局、げんちゃんの内面の進歩は、あまりにわずかずつなので、なかなか劇的なエピソードも出てきません。

二つの事象を、うまくつなげて気持ちを乗せた

ただ、最近こんなことがありました。

げんちゃんは、ある時、ちょっとした失敗をして私に叱られました。
その直後に、私は、
「げんちゃん、洗濯もの干しておいて。」
と、家事を頼みました。するとげんちゃんが
「わかったよ。さっきのお詫びに、干しといてあげるよ。」

と言ったのです。
普通の子なら、別になんということもないセリフでしょうが、げんちゃんが、このように、二つの事象を、上手につなげて、気持ちを乗せた、気の利いたレスポンスをするのは、今までほとんどありませんでした。

これこそ、内面が、少しずつ変わってきている証拠なのだと思います。第一お詫びなんて語彙は、彼の体の中にしみこんではいませんでした。

まあ、こつこつこつこつです。

自立訓練の事業所は、時々休みます。なんだか意識低下がひどい時は、自立訓練の事業所は危険です。的確な声掛けは、そうそうできるわけではないですから、幽体離脱状態まで落ちてしまいます。

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  1. 夏みかん より:

    何気ないたった一言にとても感動する気持ち、よくわかります。発達育児をしていると多くの人が気にも留めない当たり前でスルーしてしまうようなことだけど、私たちからすれば凄いと思う瞬間がありますよね。

    長男は無事、高校受験を終えて4月から高校生になります。志望校選びで中3の4月時点で今は不合格〜ギリギリ合格ラインだけど今後の学力テストと内申次第で狙えるという学校にコツコツ勉強し、成績を上げ続けて、見事に合格しました。
    公立中堅上位校で、周りの子たちもしっかりしている子が多いところです。良い影響を受けて、さらに進化できるといいなぁと思います。

    私立も2校併願で受けたのですが、1校は滑り止めなので確実に受かるところ、もう1校は偏差値の高い、難関校を受験する子が滑り止めで受けるところを受験しました。受からなくていいのだから力試しにもってこいだと受験したのですが、なんと合格をいただきました。
    そもそも内申が足りてないので、どの先生からも「君が受かるのは奇跡だけど、君なら奇跡を起こしそう!」と言われていたそうで、見事に奇跡を起こしました。公立へ進学しますが、お金の心配がなければ公立が受かっていてもここに通わせたかったです。
    安心して任せられるかと言われたら、そうだと自信を持って言えませんが、手を焼いていた頃よりずっと楽になりました。

    うちもげんちゃんのようになんだか前と反応が違う、言葉が違う、やり取りが変わった、というほんの些細な1つの出来事が、次第にポツポツと回数が増えていきました。とはいえ、おかしなところはおかしいままです。ただ、社会に出たとき、人との付き合いの中でネックになるほどでもなくなってきたので、苦手なことはどう頑張っても取り柄にも強みにならないことの方が多いから、長所を伸ばして取り柄としていくというところのアプローチに入っているのかなと思って関わっています。

    • げんちゃんママ げんちゃんママ より:

      夏みかんさん
      高校合格ほんとにおめでとうございます!
      げんちゃんとは、そもそもがレべルが違って、はるかに上で、雲の上の存在ですが、それでも、色々問題があるのが発達障害・・・・
      心配はつきまといますよね。
      でも、しっかり自分が伸びたい、と思える、それがもっとも大切だと思います。
      本人の自覚です。
      メタ認知、自覚・・・やる気

      それがすべてではないかと思っています。
      とはいえ、自分の立ち位置を正確にわかる、というのは、なかなか難しく、いろんな面で、ずれがあるのがこの子たちです。

      しかし、ずれを感じる、失敗やいろんなできごとで、もしかしたらずれてる??
      とキャッチできるところが少しでもあれば、自分で伸びていけます。

      お子さんは、ある程度の土俵あがってきたので、何かにつけ、伸びが感じられるようになってきてると思います。
      しかも、普通の人でも難しい学校に合格なんて、素敵なプレゼントでしたね。頑張ってきたかいがあったというものです。
      4月からまた新しい成長がみられると思いますので、とても楽しみですね。
      げんちゃんは、それらを自分で開発できる土俵づくりが、まだまだ時間がかかりそうです。

      ほんとにもう少し素材がよければ、私も楽なんだけど…と思わざる得ません。

      まあしかし、この子にこの親・・・・組み合わせは、神様がよかれと作ったものなので、こつこつがんばります。
      春が毎年、毎年やってきて、そのたびに、新たなステージに来て、焦りと開き直りです。

      そうこうして人生の持ち時間が減っていくな~、と、生暖かい空気が漂うと、毎年同じような感覚になります。

      これが人生というものなのでしょうね~。
      だんだん成長した自分を感じます。(子供より(笑))

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