ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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人の立ち位置を全く理解しない。外側と内側。

> 先日、某高校から電話がかかってきました。電話の相手は、発達障害のお子さんが中心の小さな高校の担当の方で、先日、学校説明会に申し込んでいたのが、参加できず、わざわざ電話をくださった模様です。


少子化、しかも、発達障害の子は、増えているように見える昨今。高校も、子供さんを集めるのに必死なのでしょうか。発達のお子さんも、昔より、進学しやすくなっているのかもしれませんね。

来週、またまた定期試験です。今度は9教科。やれやれ。もう間に合うはずもない・・・

前回に引き続き、まったくげんちゃんの試験にノータッチの私です。

げんちゃんは、試験週間になって、
「試験だ~! 勉強しないと~。」
と言って、自分でやっています。内容はあいかわらず、宿題のドリルを埋める。間違ったところを答えを見て書き込む。内容がしっかりわかっているとは到底思えないけど、一人で、やってくれるようになったので、遠目に見ています。

 上から点数が取れるように、こっちがふりかけてやるような勉強のさせかたは、今のげんちゃんには合いません。ですから、短時間で詰め込む定期試験準備など、今のげんちゃんには、あまり意味がないと感じます。
ですから、定期試験は、適当に、やりすごさねばならない台風のようです。


K先生も、ぼちぼち、一日2時間ほど見てくれて、調子のいい時は、勉強スタイルなるけれど、抜けまくって、いろいろやらかした日は、ただ、ひたすら、心の指導、ということになって、勉強どころではありません。

けっこういいな~、と思った次の瞬間、すさまじい失敗がおこったりします。総合的に見てみたら、まだまだげんちゃんは抜け作君です。意識の入っているときは、まだまだ少なく、抜けると針がマイナスにどかんとふります。

試験前の土曜日登校だったので、めずらしく登校させることにしました。
先週の土曜、ピアノと体操の先生に、次の土曜は、休みます、と言うようにげんちゃんに指示しました。

「あなたちゃんと伝えたの?」
とあとから聞くと、
「土曜日伝えたよ。」

と言ったので安心していたら、まったく先生に伝わっていませんでした。体操の先生がおけいこの場所に来られて、げんちゃんが来ていないので、連絡がありました。ほんとにびっくりです。

職場から電話したら、げんちゃんしどろもどろ・・・・

結局、彼の意識の中に、何にも残っていません。

なぜ、土曜日伝えた、と言ったのか・・・・それさえ、しどろもどろ・・・


私が電話で指導すると、先生に電話をかけて、とりあえず、あやまったようです。

でも、結局よくよく彼を観察してみたら、先生に悪かったとか、そういう気持ちも希薄なことがわかりました。なんか、まわりで怒っているから、あやまればいいんだ、とか、しおらしく聞いていればいいんだ、とか、外側のスタイルだけを追うにすぎません。

叱られていることの真意は何か・・・ということを、捉えようとする意識の使い方が弱すぎて、表面だけなぞっているみたいです。

私が電話で指導しても、彼は適当に、相槌を打ちます。外側だけ見ていると、すっぽかされた先生さえも、げんちゃんは反省しているな~と感じるでしょうが、なんかそもそもが違います

普通の人の感覚とは全然違うメンタリティーが中心に存在しているのです。

ほんとに、普通の人にはわかりにくいです。感じ取ろうと逃げずに心を動かせば、わかるのでしょうが、表面だけつくろうことにエネルギーを使うげんちゃんは、結局、外側のスタイルだけをつかんでいるにすぎません。先生が彼のために、暑い中、遠方まで出てきてくれている、とか、さまざまな犠牲に対しては、まったく共感的な気持ちにはなれていません。え?そこまで? というほど、本質をとらえていないと思われます。

できないのではなく、物事の本質をつかむことから、逃げるのです。

反省文を書かせました。これは、ペナルティーのためではありません。文章にして自分の心を見つめさせた時に、初めて、少し、こっちの言うことが腑に落ちてくるからです。ただ言葉で言わせるだけでもだめで、文章につむいで初めて、少し腑に落ちるようです。


「げんちゃんも、反省しているんだし・・・」

とか、普通の人は、彼の表面的な態度に、普通の人の感情を投影して、解釈してくれるでしょうが、外側とはうらはら、中身に普通の人にある思いは宿っていません。外側だけまねる人形のようです。
そして、げんちゃんは、外側を作って終わると、いつものようにどんどん捨て去って過ぎていくのです。

なんというか、勉強どころではありません。げんちゃんの問題は。

でも、逃げずに、捉えようと思えばできます。意識の入っているときは、しっかりとらえる時も出てきているのです。でも、おおむね逃げる。困ったものです。その度に、端から見ると、相当な大目玉を落としているようなありさまになってしまいます。そこまで、圧をかけないと、心を動かそうと、努力しないげんちゃんなのです。
根が深いです。

しかし、このような失敗が出るたびに、スルーせず、しっかり徹底的に心に落とすようにしています。もっとも本質的な部分だからだと思います。ほんと試験どころではない、と言った感じのこの頃です。

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  1. とんまま より:

    こんにちは。
    9月になってしまいましたね。早いです…

    中学生は中間や期末のテストがあり、厄介ですね。
    みなさん乗り越えてきているのですよね。

    叱られていることの意義、とんちゃんも今一つです。
    そんなとんちゃんも、意識を入れた(興味関心がある)時、ばしーーーっとこなし、「え??できるの??じゃあいつもやってよ」と思うことがありました。
    心を動いたんですよね。
    普段はどんな心をしているのか?
    何も掴もうとしていないその心に、恐ろしさを感じます。
    (どんだけ時間を無駄に過ごしているのか?と思うと恐ろしいのです)

    ちなみにげんちゃんは5年生の時、普通級のテストを受けていたのですよね?
    嫌がっていませんでしたか?

    とんちゃん、普通級での算数のテストの時間、教室まで行き、少ししたら「(授業?テスト?が)なくなった」と言って支援級に戻ってきました。
    先生はそんなはずはないと思い、もう一度普通級へ行くとやはり予定通りありました。

    ということがあったのです。
    (その後予定通りテストを受け、5点でした…マンガみたいです…)

    嘘をついてまで逃げるのです。
    最近、学習に限らず、食べ物など、嫌なことから徹底的に逃げます。
    何か理由をつけて。

    学校の授業やテストをこんなことして避けたことは初めてでしたので…
    担任はよくこんなことを考え付いたなと感心していましたが…
    (そんなことで感心しないで欲しいです)
    嘘をついて逃げることが問題なのです。

    年々難しくなってきたなと感じるこの頃です。

  2. glow-gen より:

    とんままさん
    タイムリーな記事でした。新しいのも読んでください。
    げんちゃん、言い訳同じです。やっとなのかもしれません。
    言い訳する頭なんて小学校の頃はなかったんじゃないでしょうか。

    とんちゃんは、げんちゃんより言語能力が高いんじゃないかな・・・
    とはいえ、やりたいことだけ気持ちを入れる、やりたくないことは気持ちをいれず、捉えることから逃げる。

    これはげんちゃんもとんちゃんも、大きな課題ですよね。

    げんちゃんのばあい、逃げられないんだよ。むかっていかないと、というところにいたるまで、何年もかかっていますよ~。
    今は、やっと、やらねばならない、としっかり思うようになっています。
    がしかし、やっとそこまで来たものの、いざやろう・・・というところからやれた、という二つのステップは、そうそうハードル高いです。
    普通なら、やらなきゃいけない、じゃあやろう、で終わりなんでしょうが、げんちゃんは、いちいちハードルがあります。
    そこが発達なんでしょうね~。だから、今は、逃げられないんだよ。やるっきゃないんだよ・・・という細道に追い込んでいるといったかんじです。

    しかし、5年のテスト、上手に逃げたものですね。

    げんちゃんは5年どうでしたっけ。とりあえず、数学以外は、受けていましたね。
    げんちゃんの特徴として、とにかく、やれと言われたら、やるんですよ。中身空っぽでも。心のないピノキオでしたから。意志を持っているとんちゃんは、げんちゃんより、レベル高いんじゃないかって思って読みました。

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