>年中さんで、発達障害に気づいたげんちゃんですが、その時は、どれもこれも遅れまくっていました。でも、改善に取り組んでいった中で、凍りつくほど、絶対へんだ!と思ったことの一つが数の感覚です。おばあちゃんが、かろうじて、10までの数唱を入れてくれたのですが、何をやっても、数がわかりません。
通い始めて1年くらいたった療育センターの先生に、
「この子は、どんなことをやっても、数が入らないんです。どうしたらいいんですか?」
とたずねたときに、
「数は、1年生で習いますから・・・まだ、そんなにあせらなくても大丈夫ですよ。」
とにこやかに言われました。
私は、何を言ってんだ。この人は~。といらっとしたのを覚えています。1年生になったらできだす感じがまるでしない。普通じゃない、おかしい!と感じて言ってるのに、何をのんきなことを・・・だめだ。こりゃ素人だ。
それからの算数行脚(あんぎゃ)。
結局、それから5~6年げんちゃんの数感覚をつけるために格闘してきたわけですが、ふりかえれば、反省すべきとこがたくさんあります。
数が入らない子たちは、数の感覚がついていかないことが問題です。と言いながら、私は、わかっていたようで、実は今までわかっていなかったな~と思います。
こんなたとえをすると、少しぴんときていただけるかもしれません。
もし、ある人が、
「どうもありがとうございました。それをやってくれてとてもうれしいです。」
と、別の人に言ったとします。でも、言ってる本人は、”ありがとう”という時に、私たちが感じているありがとうの感覚を、同じように感じることが無理だったり、うれしいと発した時に、真のうれしいの感覚をわかっていなかったとしたらどうでしょう。そういう時には、そう言う。と教えられたので、なんとなく、あてずっぽで言ってるだけ、だとすると。
うまく言えませんが、げんちゃんの算数はそれと同じような感覚なんじゃんないか・・・と、今では考えることができます。
「ありがとう」を言うような場面を何度か体験していけば、普通は、言葉と、その感覚がリンクしていきます。でも、ありがとうの場面を何度経験しても、なかなかその感覚がピンとこなくて、なんとか、おぼろげに、こういうときに、ありがとうって、言うのかな~・・・と、とりあえず言ってる感覚。それが数でおこっているのではないのか。
それならば、ありがとうの感覚をつけるために、手をかえ品をかえ、ありがとうの場面を、人の何倍も経験する必要がある。ありがとうの感覚がダイレクトにわからなくても、温かい温度感覚に置き換えたり、やさしい色に置き換えたりして入力する必要もあるかもしれません。
げんちゃんの数の世界にそういうことがおこっているとしたら、げんちゃんの数と格闘してきた初期のころ、もっともっと数を体験させるということをやるべきだったんだろうと思います。
2+3= と何度も教える前に、ミカンを2つと3つ、さわらせて数えさせることの方が有効だったということです。式をとかせるよりも、ジャンプしながらカウントさせたり、ありとあらゆる実物の数のシャワーを浴びせることの方が有効だったのでは、と思うのです。
小学生の低学年の頃、多少は、そう思っていた私は、色んなことをやってはいたけど、いつまでも(今でも、)指を出して数えているげんちゃんの、その行為をやめさせて、頭で数をイメージさせようとしたりしていました。イメージの世界で数を認識して、出力できる回路を作りたくて、どんどん先へ先へ進めようと、日々あせっていました。
数は、体感覚にもかなりリンクしていて、指を折って数えるのと、1,2、3・・・と数える感覚が一致しなければ、まだ、抽象的な数を教えても入りにくいなど、数を教える以前の問題もたくさんかかわっています。1年生の時でも、上手に手拍子さえ打てないようなげんちゃんには、足し算も何もなかったのでしょう。あの頃は、数だけではなく、パズルもできない、何もかもできない時代だったので、数とリンクしているような他の能力すべて、ある程度あげていかないと、数の学習はむりだったことも回想することができます。
結局、3年か、4年前半あたりまで、数の勉強をさせていたものの、ざるで水をすくうような作業だった気がします。
怒り飛ばしながら、自己満足のようなプリントをさせるより、あの頃は、幼稚園児がするような具体物を使った、数の体験をひたすらさせた方がよかったんだろうな・・・と、反省をこめて感じています。
とにかく、ある時代までは、体をつくったり、別の基礎能力をあげるトレーニングと、ひたすら、大量に数を経験させることを積み上げること。これが、げんちゃんのような子の、処方箋なのではないか、と思います。そういうことを数年間、プリント学習をとりあえず減らしてでも、地道に取り組むこと。まずはそれからなんじゃないかな~と思います。
忍耐がいります。5くらいまでの数でも、目の前で具体物を使って、お話し作って作業させていくとわかりますが、あきれるほどできませんよね~。母親は、心が折れそうになると思います。だから、思い切って、誰かに頼んでもいいと思います。死ぬほど単調な、毎日毎日いろんなものを数えさせたり、せいぜいひとけたの物で作業させたり、そういうことをバリエーションを研究しながら、2年とか、3年繰り返すわけです。安曇野方式も、言ってしまえばそういうことになるのかもしれません。
でも、それが、あとになって、プリント学習がやりやすくなる基礎になるのです。
さっきの話で言うと、ありがとうの場面を莫大に経験して、生きた「ありがとう」が言えるようになれば、次は、少し楽に進んでいくのです。
算数の学習障害について、反省をこめて、その改善のノウハウについて、今だから言える内容です。
もし、げんちゃんの昔と同じようなステージにいるお子さんがいたら、プリント学習は、さらっとふれながらも、体験型の学習を地道に地道に繰り返すことをお勧めします。
安曇野方式の算数を書いた以前の私の記事も参考にしてください。とにかく、子供さんが把握できる数の大きさから、たくさん体験させ、作業させる。カウントしながら体を動かすとか、体感覚もわすれずに、つけられる能力は、並行してどんどんつけていくことも忘れてはいけません。
そういうステージをベースに持つと、いろんなことが進化しはじめたとき、算数も、やがて、次のステージに行けると思うのです。
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今も数の世界の奥深さと戦っている最中ですが、今だからげんちゃんママが書いてる事がよく分ります。入学して支援級の先生に言われた事は『色んな事を経験させる事。興味を持たせる事。』と言われました。『星がきれいだね〜キラキラしてるね。なんでだろうね。』『牛乳どれ位飲む?どっちのコップが沢山入るかな。。』みたいに言葉を掛けてください。。。と。『どうせ先生は勉強ができないと思ってるからこんな事を言ってるんだ!!』そこから学習に対して意地の様にやってきているのですが。。。算数はげんちゃんママの書いている事もそうですし、国語にしても言葉が自分の経験と結びつかないとイメージできない。問題が解けない。。娘は小さい頃は色んな刺激が今よりも気になって、普通の子どもが感じたりする事を感じてきていなかったのだと思います。
でも年中の頃から毎日学習を続けてきた事は間違っていなかったと思います。泣いてもわめいてもやらなくてはいけない事だと思っているので。。昨日も算数をやっていて『はああ?』となる事があり、キューブやらドーナツやら出してました。でもそうやってやっていくうちに割り算までたどりついたんですよね。この先の算数がどうなるか。。。なんですが。
ここあさん
ほんとうに、おっしゃる通りですよね。あまりに、根気がいるので、投げ出してしまうお母さんもいますよね~。私もここあさんもしつこくがんばっていますけどね。笑
昨日、自動販売機の前に立って、130円のジュースを買うのに、何のためらいもなく、すっと500円玉を出して入れました。お~。おつりってことが入ってるわ~・・と感動しました。いくらのおつりってのは、即答はできませんが、今までちょっきりのお金を出すことしか、頭になかったので、進歩でした。亀のあゆみですが、いつか、うさぎになってぴょんぴょんっと、行ってくれるんじゃないか、としつこく夢見てます。
でも、夏休みからこっち、亀が猛ダッシュくらいの感じになってます。やはり、5~6年は大脳新皮質が発達するようです。
勉強の習慣は確かについていますね。でも、モチベーションは、思ったとこまでなかなか上がりませんね。そこがきゅ~っと、目的意識と、楽しみに収束していくと、きっと、ぐんといくんだろうな、と、しかけながら、待ち続けている母ですよね~。
算数の知恵があったら、色々教えて下さい。
算数の知恵があれば私が教えて欲しいです(涙)計算ができてもやっぱり操作なんですよね。それでも凄い事なんですが。。。本当に量感が付くのはまだまだまだ夢の先です。娘の分ってる事分ってない事がだいぶ分ってきているのですが、それをどうしたらいいのかが分らないので。。。いつまでも自分自身が闇の中にいてイライラしてしまいます。漢字オリンピックも50問を4年生みんなと同じ問題で(止めはねはらいはかなり見逃してもらいましたが)100点を取りました。以前に比べたら覚えるのは早くなりましたが、相変わらず忘れるのも早いです。げんちゃんは算数以外はそんなに凹ではないですが、娘は本当に全てが凹なので。。4年生女の子は人間関係も難しいですし、明るい兆しは見えません(泣)
そうそう、息子も何をやっても、数がわかりませんでした。
普通の子だったら当たり前に入る数の概念がなかなか入らなかったりするんですよね。
2才からめばえ教室、年少から個人塾に入れましたが、具体物を使ったり、遊びながらいろいろやってもらっても数の概念がどうしても入らず。
年少から通い始めた療育でも、いろいろやってもらいましたが、駄目で。
もう諦めていた年長の時、個人塾の教材で『すごろく遊び』にはまり、家でも毎日何度も何度もすごろくやりたい!って言われ続けました。それまでは、一人で床に寝っころがってミニカーをひたすら動かしてた子なのに。
あまりの変わりようにとまどいながら付き合いましたが、こっちが辛くて、なかなか息子の満足のいくくらいはやってあげれなかったなと反省💦
お気に入りのすごろくの紙がぼろぼろになるまで、数百回はやったと思います。
すごろくにはまってくれたおかげで数の概念がすっかり入り、そのうちさいころ2つ、3つになり、足し算もすんなり入りました。
今3年ですが、算数は平均って感じです。
学校でほとんどやれてしまうそうで学校の算数の宿題は現在ほぼありません。
家庭学習は、はなまる学習会の宿題で1年生から簡単な計算1ページだけです。
年長時、すごろくにはまらなかったら、厳しかっただろうなと思います。
国語は相変わらずの溝で、先日も20点なんて点数とってきました⤵️
嫌いだった音読は最近楽しくなってきたようで、自ら読みたいと言うようになり、お友達との会話も大分かみ合うようになり、極端に少ない語彙力も、妖怪ウォッチのテレビにはまり(今まではテレビもあまりみない)、毎週録画し、何度も繰り返しみて、わからない言葉を聞かれるようになったりと亀のようなすすみのいい兆候は見られるようになったのですが、普通の子達との差がどんどん広がっている感じです💦
全く書けなかった絵も最近ようやく模写(妖怪ウォッチのキャラクター)を勝手に書くようになりました。
そもそも毎日毎日サッカーだらけなので、家庭学習がほぼ取れず、宿題といった最低限しかできてない環境も問題だと思うのですが、なかなか私がサッカーを削れず⤵️
やらせたいことはたっくさんあるけど、難しいです。
ここあさん
漢字すごいと思います。げんちゃんは、直前にやらせても、100点とったことはないですよ。覚えは、よくはなってますが、なんで、こんなに出てこんのかな?と思います。
算数は、感覚がつくのって、やっぱり時間かかってます。10でまとまる、っていう感じがしないんでしょうね。10の位の数字と1の位の数字を色をかえるのを、まずやるといいかな、と思ってます。また書きたいと思いますが、この子たちは、数の概念があっても、10でまとまるというのが難しいですね。
10個数えて、箱に入れる、それを繰り返したり、・・・でも、運動能力を上げるだけあげるのも、算数には効果があるように思います。ピアノの楽譜を読めだしたら、算数の感覚もましになっている。なんでしょう。並んでいるものを自分の感覚の中で、小分けしてみたり、そういう感覚がないんでしょうね。私の考えていることを少しずつ書いていきますね。
ここあさん
算数だけの溝ではなく、げんちゃんもいろいろだめです。
でも、先日、昔何度もやって、なかなかできなかったパズルをやらせたら、すすす~っとやりました。全体が上がっているから、算数もややましなのか~と思いました。
国語の能力も低いですよ。全部がうちも低いです。でも、ほかは、やれば、あがっていく手ごたえはある。算数は、闇でした。普通の子を見ると毎回あぜんとしますね。
みかんママ
色々参考になることありがとうございます。
すごろくって、数と結びつくような教材って、どんなかんじですか?楽しんでくいついてやると、そこは確実にのびますよね。
溝は国語のほうなのでしょうかね。でも、そこも、やっぱり、のびてきてますね。
自分から、動きだしたらしめたもんですね。
サッカーはとにかくするどい峰で、そこものばしながら、溝もうめる・・・時間が無限に必要ですね。
この時間の使い方は、ほんとに頭を悩ませます。私は、それで、ホームスクールという選択をしたのですが・・・学校にももう少し行かせてあげたいと思います。なやましいところです。
でも、今は、これをのばすときだ~と、時期がやってきます。それをのがさず、ものにしていくことが、とても大切と感じてます。
げんちゃんは、算数の文章題が旬になってきてます。
旬のことをみつけて、のばしていけば、時間がない中でも、少しは効率よく、のばせる手ごたえがありますね。
言葉は、今お子さんの旬みたいですね~。どんどん語彙をふやして、会話が楽しくなるといいですね。
こんにちは。発達育児はひたすら忍忍忍ですね。そして時折みせる「はぁ〜??まじですか?!」っていう子どもの反応に打ちのめされない強靭な心(苦笑)
うちは峰とまでは言えない、ましな算数ですが、な〜んか数量感覚があやしいです。プリント解けても実際はわかってないって感じがします。例えば…「2分の3」と「2」がどちらが大きいか、とか。15㎝が150mmだとか…直感ではわからないです。こういうのも実感がともなうように…定規で長さをはかりながら、「15㎝、ミリでいうと150mmだね。」と確認しながらやっていく必要があるのでしょうね。
国語はほんとどうしたらいいのかな??こちらもパターンで解いてます。ぜったい内容わかってない。記述する問題は全くできません。いつまでたってもぐらぐらな学力なんですよね〜。
弱い部分は、次々見つかるし、やってあげたいこともたくさんあるのですが、時間はもちろん最近は気力も限りがあるもんだな〜と思っています。げんままさんは「やってられない。もうや〜めた」って思う時はありませんか?時々くじけそうになります。
こんにちは。
まさにうちの事を言って下さっている気がしまして(笑)
とんちゃん、10までの足し算、速くなりました。
暗記しているのかなという感じはします。
→これで本人は算数が好きだと言っています(汗)
苦手意識が無いのは、助かりますが。
引き算は完全に手を使います。
しかし、手先の不器用もあり、一本の指を一つずつ独立して折れない時があります。(小指と薬指。情けない。。。)
そういう時は、誤答です。
仰るように、私も頭で数をイメージできるようにしようとしていました。
そんなレベルには程遠い。
数の実体験、まだまだ必要ですね。
安曇野の教室でも、実際の計算に入るまで、1年以上はかけていたと思います。
(月に1回の授業でした)
10ずつ纏める、少し前の算数でやっていました。
プリント(宿題等)では、みかんの絵が10個以上20個以下あり、10ずつ丸で囲み、余りを足して、全部で何個あったかという問題です。
ですが、この子たちには丸で囲めないんですよね。
みかんはランダム配置ですので、どこまでカウントしたか、見にくいようです。
ですので、数えたところを斜線で消し、全部で何個という方法で解いていました。
これじゃ意味ないって思っていました…
これが後々引っかかってくるんですね(涙)
できたと思い、形を変えて出題すると撃沈。
あぁ、わかっていないと心が折れます。
2学期に入り、勉強面だけでなく、学校での生活面(行動が遅い、他に気が散る、反応が悪い)も重なり、私の心は病んでいます。
ストレス解消に、「酒、酒くれ~」って感じで、自分でも危険だと思いはじめました(笑)
宿題+授業でできなかった部分は自宅でと言われ、家庭学習は増える一方。
しかし、取り組みたいことは山のようにある。
皆さん仰るように、もっと時間が欲しいですね…
私はつい勉強をさせたいと思うのですが、どうやらとんちゃんは今、身体を動かすことが楽しいと思っていて(自転車や鉄棒前周りが出来るようになったので)、勉強は乗り気ではなくなってきてしまいました。
追伸:図形、絵模写、読解問題は何とか細々続けております
ゆうママさん
ほ~んと、みんな、うなづくだけだと思います。
自分の人生で培った経験論がまったく通じない相手ですよね~。
算数ができるお子さんでも、やはり、実態感覚が乏しいんですね。これって、やっぱり、推察する力が希薄なことに由来するのでしょうかね~。すべて、噛んで含めるように入力していかなければだめでしょ。ええかげんにせーよ。と、怒りが爆発してきても、決して責められないと思います。
やってられない。と思うこと、しょっちゅうです。でも、投げ出せば、ただ、障害児としての人生があるだけだから、選択肢がなくて・・・何度も、ノックアウトされても立ち上がるボクサーみたいな感じで、取り組んでいますよね。
でも、5年生になって、ほんの少しですが、前頭葉が働いてきているのは確かです。もしかしたら、頭蓋仙骨療法の先生が、新しいツボ療法をしてくれているのですが、それもきいているのかな~。
とにかく、止まってはない。進んで行けば、どこかで追いつく。先月と違うげんちゃんが今月現れるのを、ひたすら待つ・・・というミニマムな達成感をつなぎつつ暮らしているような感じですね。
でも、先日ボルタリングジムで、ばったり、2年のはじめまでならっていた、体操の先生にあって、言われました。
「げんちゃんの、たたずまいは、まったくかわったね。障害児的なところがまったくないよ。」
うれしかったですね~。しゃべったら、すぐボロが出るとはいえ、まあ一見、見るだけなら体幹とか、目線とか、まあまあになってきてるんでしょうね。
日々こつこつ、何年もたって、人目にわかる変化・・・そういうことなんでしょうね。自分で、気分をかえつつ、細々と継続していくしかないようです。がんばりましょう。
とんママさん
忍耐のいる時期ですね。げんちゃんも、3つづつ丸で囲んで数えて、という作業が1年の時できなかったです。結局、算数に関しては、何もできませんでした。やっているポーズを私がさせて、それで、自分を納得させていただけでした。
体がボトムアップされ、頭蓋をやって、と全体があがっていったとき、はじめてそういう1年前にやろうとしたことが、できるようになったりしてました。
算数をやって算数ができるようにならない・・・そういうステージだったようです。とにかくノイローゼになってもおかしくないくらい、つら時期でした。
がんばってください。とにかく、三角をつまみ出して、何とか丸にする。バツは、そのうち三角になるので、とりくまずやりすごす・・・・その大原則ありきです。
算数に関するところは、バツバツバツ・・・低学年のげんちゃんはそんな感じでしたよ。
それでも、今、通分にいどもうとしてます・・・具体物ありきですが、昔にくらべれば、算数がやれるステージにきてるので、心くじけそうになっても、ふるいたたせて、目の前のやれることをどんどんつみあげていってくださいね。
がんばってください。大丈夫です。