
「ひとり合宿」と、親の休息
2連休です。医療関係は土曜が診療なので・・・
この連休、げんちゃんはグループホームの短期入所(ショートステイ)に出かけました。1月の初めに初めて利用させていただいてから、3回目の2泊3日です。
げんちゃんという子は、どんな環境にも、わりとすぐに慣れてしまうタイプ。慣れると「心が動かなくなる」ので、適度な緊張感を持てるよう、良いタイミングを計って利用させてもらっています。
平日のげんちゃんは、かなりハードなスケジュールす。ですから、休みの日にグループホームへ行くことは、他のスケジュールに影響ないし、とても合理的です。
そして何より、彼が不在の間、私のストレスが本当に減るのです。
「母親」という役割をおろす時間
げんちゃんがそばにいると、どうしても常に目を配っておかなければなりません。また、休みなど、私がのんびりすると、その空気がすぐに伝わって、彼もまた、完全に気を抜いて、復活できなくなってしまうので、ほんとに私は、休む暇がないです。
1月初めを皮切りに、今回で3回目の利用になります。
「私の休日に短期入所を体験させる」というのは、非常に良いパターンになりました。げんちゃん本人はまだ完全に慣れきってはいないようで、出かける時はやはり少し不安げな表情を見せます。
本当に不安ならしょっちゅう電話してくるはずですが、こちらから言わなければかけてこないのが彼らしいところ。準備も全部自分でさせますが、いまだに忘れ物や抜けが多いのが現状です。
「向こうに行くのはどう?」と聞くと、瞬時に答えは返ってきません。
普通のお子さんなら、不安とか、寂しさとか、前面に出てくるのでしょうが、げんちゃんは希薄です。
がんばらないと・・・とか、そういう飾り言葉(表面の言葉)が先に出てきます。
「寂しい」という心言葉は、すぐには出ません。心の言葉がほんとに少ないげんちゃん。
でも、不安、寂しさはあるようです。
でも、一番喜んでいるのは私かもです。彼がいない間に、平日にたまった仕事にどっぷりつかれます。休みといっても、のんびりできないですが、げんちゃんがいないだけでも、ほんとに自分を取り戻すようです。
娘も帰省せず、パパも出張・・・
ちょっと勉強したいことがあったので、集中してやっています。そう、やっとブログも書けますし・・・
書きたい気持ちがあるものの、毎日雑用に追われ、なかなか書けません!
突き放して見えてくる、彼の「自立」
家でのげんちゃんは家事もこなしますが、そのクオリティは低く、すべてチェックが必要です。
私たちが支え、引き上げてきたからこそ、今の彼がある。でも、もし今この手を離してロープを切れば、彼は真っ逆さまに落ちていってしまう……そんな危うさがつきまといます。
親としてやれることは、もうやり尽くした。あとは本人のやる気次第です。来年度の進路もまだ決まっていません。調理の専門学校へ行く道も、今のままでは厳しいでしょう。私に頼り切りの進学になってしまうのなら、それは本人のためになりませんし、私の負担が多きすぎます。
私自身、もうへとへとですからね~。
ここから先は、彼自身の行動の結果を、彼自身が刈り取っていく時期に来ました!
とはいえ、完全に切って自立と言う訳にもいきません。少しずつ少しずつ色々な刺激を加えながら、と言った感じで、グループホームはほんとにありがたいツールです。
受給者証というのを、計画相談の先生(障害者のケアマネージャーのような資格の方です)に取ってもらったので、利用料は食費の数千円だけですからありがたいです。ホームも前に書いたように、部屋は狭いけれど、学校の寮のような感じで、きれいな施設です。
グループホームで、スマホどっぷりにはなっていない模様
ただ、グループホームに少し突き放してみると、意外な一面も見えてきます。ショートステイの間、一人で課題のプリントをしたり、折り紙で立体ワークを作ったりして過ごしているようです。
小さい頃、ゲーム漬けにしないよう格闘した甲斐がありました。ボーッとしている時間はあっても、なんとか、課題を一人でする習慣だけはついている。内容はボケっと表面だけやっていたとしても、とりあえず、一人でがんばらないと、とは思っているようです。
6畳一間の「ひとり合宿」
私はこのショートステイを、彼に「一人でやる合宿」だと言い聞かせています。「将来は一人で暮らさなきゃいけないんだよ」
と、少し脅すように、危機感をあおっています。何しろ危機感というのが、はなはだ乏しいげんちゃんです。
何でもある自宅から離れ、机すらない6畳足らずの部屋で、最小限の荷物だけで暮らす。その生活をイメージさせることは、彼にとって大きな意味があるはずです。
ただ部屋にこもるだけではなく、午前中は料理教室に通うようスケジュールを組んでいます。帰りは福岡の中心街でウインドーショッピングをしていいよ、とも伝えています。
幸い、今のところ、彼は勝手にお金を使うことはありません。せいぜい数百円のデザートを買うくらい。それすら私が言わなければ買わないこともあるほどです。家で見れば情けないところも多い子ですが、ストイックにやってきた効果は少しはあるのかもしれませんねー。
げんちゃんから電話がかかってきました。「どんなものを食べたか写真を送って」と、料理に気持ちが行くように、私が言ってたのですが、「施設内は撮影禁止だから撮れなかった」とのこと。
なるほど・・・外出の許可申請を出すことや、撮影禁止など、規律がしっかりあるようです。
共有スペースに、人が何人かいたらしく、彼は自分の部屋に入り、テレビ台を机代わりにして課題をこなしたと言っていました。
自分の力で自分を律すること
「勉強しなさい」という圧も、何も強制されるものがない環境で、自分をどれだけ律することができるか。
毎日の生活では、だらけてしまっても、月に1、2度のショートステイは、げんちゃんにとって「自分を試す機会」になっているのでしょうか。
まあ、彼の場合は、心底がんばる、というのがなかなか出ませんから、表面上は自分で課題に取り組むことがあっても、浅い意識の働かせ方で、ルーティンをやってるだけのことも多いでしょう。
しかし、こんなプログラムを組めるのも、計画相談の方が私たちのコンセプトを理解して、寄り添ってくださるおかげです。
少しずつ自立を促す環境
まだ、ドン!と突き放して完全に自立させるには早い。でも、こうしてちょこちょことグループホームを利用しながら、現実を少しずつ肌で感じることは、心が動きにくいげんちゃんにとって、とても良いことだと思っています。
もっと前のステージなら、離せば落ちる…ただそれだけだったと思います。
そして何より、親である私がストレスから解放される、ありがたい時間でもあります。
少し彼と距離を置く。でも、遠目に見る。決して放置しない。
普通の子と違うのは、ほんとに少しずつ少しずつ駒を進めるしかないようです。
今年の4月からは、進路はまったく見えません。20歳になったげんちゃん。社会の目は厳しくなるでしょう。
一ヶ月ごとに、薄皮を剥ぐような微々たる成長。
いい時は、前とはぜんぜん違うステージにいるげんちゃん。
そう信じたい反面、崩れた時の脆さに頭を抱えます。
まだまだ、先が見えないですし、私には、進んでないように見えます。
ても、はたからは、それなりに進んで行ってるのかもしれません・・・・
公開コメント 承認後公開