
※かわいいお菓子をいただきました。こういうのって、げんちゃんみたいな追及しない子には、絶対作れない。通り一遍しかやろうとしないから。そんなことを思ってしまう 泣
「形だけ」を装うポーズ
ブログにはよく「げんちゃんにはやる気がない」と書きますが、その実態はなかなか周囲には伝わりません。
例えば、彼はルーティンワークならよくやってくれます。お風呂も洗うし、洗濯もする。朝ごはんも作る。家事の能力自体はかなり上がっているので、頼めば雑ですが、一通りのことはこなせるのです。
そんな彼を外から見れば、「お母さんに頼り切りの子が多い中で、十分いい子じゃないか」と思われると思います。しかも、おだやかです。
しかし、げんちゃんには根本的な「やる気」というものが欠落しているのです。
「形だけ」を装うポーズ
あるエピソードを紹介すれば、分かりやすいかもしれません。 げんちゃんは料理教室から帰る際、いつもエプロンを荷物に丸め込んでぶち込んできます。もう何度も気が遠くなるくらい指導しているのに、ただの一度も、きれいに畳んで持ち帰ったことがありません。
そのエプロンは、紐で結ぶタイプではなく、首を通して使うタスキ掛けのタイプです。少し考えれば、前身頃と後ろ身頃を、観音開きのように合わせれば、肩紐をすっきり収納して三つ折りにできると分かります。
家で「畳みなさい」と促すと、彼はその構造を無視して無理やり二つ折りにし、モコモコとした収拾のつかない塊を作ります。私が仕方なく教えようとしても、彼は聞いている間、「なぜこうなるのか」という仕組みにまったく興味を示しません。めんどくさいのがありありです。
ただ、ぼけっと教えられるのを待っている。その間、彼は「さも考えているふり」をします。変なところをつまんでみたり、一生懸命やっているポーズを作ります。
そして私がしびれを切らして「ほら、貸してごらんなさい」と、エプロンを奪って実演を始めると、げんちゃんは、やれやれ解放されたとばかり、視線を宙に浮かせたり、ひどい時は、その場を離れたりします。知的な興味も、追求心もない。
そして、こういうことは、げんちゃんが興味のない、自分に必要ではないと考えることだけではなく、すべてにおいておこります。
何かに必死になるとか、追及していくとか、がむしゃらに頑張ろうとするときに現れる行動様式を、私はほとんど見たことがないのです。
彼の側に立って、ひいきぎみに言えば、そういうエネルギーを出すと疲れるのかもしれません。
恐怖さえ通用しない「メンタルの強さ」
やる気があれば行動は変わります。しかしげんちゃんの場合、その場をやり過ごし、頭を使わない「いつものモード」に戻れればそれでラッキー、という思考が根底に流れています。
他の発達障害のクライアントさんなら、ここでS先生の指導が入れば劇的な変化が起きます。
劇的というのは言い過ぎでも、げんちゃんより、変化がおこります。
厳しく指導されれば、他の子たちは、ビビって、という理由だったとしても、必死にやるようにかわっていきます。
怒られたくないという動機であれ、それがきっかけで「やる気」に火がつくこともある。
S先生の見事な指導は、時に厳しかったり、時に優しかったり します。 S先生は 子供さんに合わせて 上手に、トーンも指導方式も使い分けます。
だから、鉄の心臓のげんちゃんに対しては、しっかり厳しく指導してくれるわけです。
しかし げんちゃんは、 かなり厳しい指導を受けても、 その時が過ぎれば、 またあっという間に切り替えて次に進みます 。ほかのクライアントさんなら、びびってしまう場面でも、げんちゃんは、一瞬びびって、また、いつものげんちゃんに戻ります。
「へっちゃら」なのです。「終わった、終わった」とばかりに、すぐにいつもの穴に戻ります。その図太いメンタルを、なぜ良い方に使えないのかと溜息が出ます。
「メモを取ればいい」という逃げ道
先日も、何度も教えたはずのエプロンをまたぐちゃぐちゃにして帰ってきました。 私が激怒し、畳ませると、彼は初めてやるかのような顔で、また適当にのらりくらり、わかんないんだけどな~という表情です。
過去何度もやらせて教えたことを、平気で捨て去っています。覚える気などないのです。
自分がめんどくさいと思えば、彼は絶対に体にいれようとはしません。
こうやって何度も何度も私たちの手を取り、その積み重ねが、しずくのようにたまれば、げんちゃんはすっとできるようになりますが、そもそもやる気がないので、できたことさえあやうく、雑でいいかげんです。
なんとかエプロン畳みを完成にでっちあげたら、彼はそれを棚に放り出し、あろうことかスマホを手にとりました。
「何をしているの?!」私が叫ぶと、げんちゃんは、しれっと言います。
「ちゃんとできるように書いておかないと。僕はそうしないと忘れちゃうんだよ」
はあ??
私はまた激怒しました。
「こういうのは、体に覚え込ませるものでしょう! 自分が身についていないと思うなら、私が去った後も何度も繰り返して納得いくまでやるはずよ。それが『やる気』ということよ。適当にでっちあげたら、ぽい!
放り出して、形だけメモに書いて、表面だけ作ってなんて、それこそがやる気がないってことでしょ!」
疲れ果てます。しかし、げんちゃんにはその言葉すらピンときていないようです。
これはすべてにおいて共通します。
忘れ物をしまくれば、それを反省し、普通は次の行動に踏み出すしがんばる。
げんちゃんは、図書館の本をよく失くします。返す時になって、何度探し回ったことか!
忘れないようにする。と、そのたびに反省したふりだけしますが、そもそも心が動いてないから、またやるのです。
人が迷惑するような失敗も、自責の念というのが、希薄なので強く印象に残らないようです。
これこそが、すべてにおいてやる気がない、ということです。
障害というより、その「人となり」の問題と感じる
私はこれまでの彼の人生で、何かにがむしゃらに取り組む姿を一度も見たことがありません。常に適当。常に、表面上の形が整えばそれでいい。
かろうじて、琴だけ、ちょっと一生懸命にします。とはいえ、それさえ、普通の人がやや頑張ってる程度・・
琴をがんばると言っても、一部だけ。練習は確かにややがんばっている。でも、お月謝を忘れたり、何か月も楽譜代を滞納していることは、気にならない。
自己中な閉じた世界観で、気ままに生きている、ほんとに困ったものです。
彼は、ルーティンとして叩き込まれた動きを、最小限のエネルギーで再現している、彼のできる、はその程度に過ぎません。
今後の進路も見えないな~
そんな人間が、オーバースペックな料理学校で通用するはずもありません。料理学校は福祉施設ではないのです。ルーティンになるまで手取り足取り教えてくれる場所ではありません。
やる気出して必死という形になれば、一番下に引っかかるチャンスも出てこように・・・
本当に厄介なのは、このげんちゃんのだめっぷりなのです。 私は来年度からどうすべきかまだ見えません。
おだやかなのに鉄のメンタル!、ほんとに頑張れば、いろんなものを突破していくだろうに、負の方向にだけ使うところは、あきれるを通り越してます。
サミットでイタリアのメローニ首相が石破さんを、怪訝な目でチラ見していたけど、まさに、私のげんちゃんを見る目は、あんな感じ。
こういうタイプは我が家には他には見当たらない。誰に似たのか。
こんな人間を我が家に抱えていること自体、我が家のリスクだよな~。
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