ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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発達障害げんちゃん、成人式に行きました。


イラストbyげんママ

げんちゃんの成人式。千歳飴の方がしっくりくる💦

げんちゃんが成人式を迎えました。 しかし、今の彼の精神年齢を考えれば、成人式というより「七五三」の方がしっくりくるような感覚です。正直なところ、「成人式」という言葉がどこか浮いて聞こえてしまいます。

友達がいないけど、別に苦にもならない

第一、げんちゃんには友達がいません。私がママと親しくなり、こっちでアレンジして遊ばせる。そういう経験しかありません。今も、数人の友達と、交流することがありますが、自ら働きかけてできた友達はいません。そもそも、げんちゃんは、友達がいたらうれしいけど、いなくても、べつに、という感じです。

悲しい、うれしい、楽しい、などという感覚が、きわめて希薄なげんちゃん、心の抑揚さえ、あるのかないのかわからないようなげんちゃん。成人式は、気持ちが全く動かない±0のイベントのようです。

成人式で、ただ名前を知っている程度の友達以外、友達がいないというのは、普通の子には、相当こたえるもので、成人式なんてどんな顔して参加していいのか、当惑さえするものだと思います。

実際、発達ママ友の年上のお子さんは、
「息子は誰も友達もいなかったし、本人もそれがいやで、絶対に行かない、と言って、行かなかったよ。」
と言っていました。ま、普通の感覚でしょう。

迷いの中での準備

げんちゃんは華やかな席に出ると、すぐにのぼせ上がり、自分を勘違いしてしまう癖があります。
心が動くというのではなく、ただ感情だけが暴発すると言った方がいいかもです。(心と感情というのは、少し違うとS先生はいいます。心の表面だけ動くのが感情らしいです。)
私はその姿にいつも辟易(へきえき)していたので、「彼のためには、いっそ行かせないという選択肢もあるのではないか」とまで悩みましたが、彼の動かない心が、少しでも良い影響を受けるように動けば、めっけものです。

相談したS先生からは、「自分と同年代の子たちがどれだけ頑張っているのか、自分とどれだけ違うのかを、肌で感じるいい機会になるかもしれない」
とアドバイスをいただきました。 それを聞き、年末ギリギリになってようやくスーツをあつらえに行きました。補正を急いでもらい、なんとか当日に間に合わせることができたのです。

「無頓着」という特技

前日になっても、げんちゃんは相変わらず何も考えていない様子。 当日の朝もいつも通りのマイペースな動きだったので、「さっさとしなさい! 間に合わないわよ」と急かして車に乗せ、会場まで送り届けました。

こういう時、げんちゃんの性質は妙なところで役に立ちます。友達が一人もいなくても、彼は「行け」と言われれば、気負うことなく平気な顔で行けるのです。 私の方が気になって、普通クラスの同級生ママ友に
「○○ちゃんが、もしげんちゃんに会ったら、一緒に写真を撮ってあげてくれない?」とお願いしておいたくらいです。
誰とも写真を撮らずに帰ってくるのが目に見えていたからです。良くも悪くも、どんなとこでも、無機質にいられる電信柱げんちゃん。

心動かないから、表情がない

式が終わる頃にお迎えに行き、「どうだった?」と声をかけると、げんちゃんはまんざらでもない顔をしていました。

もっとも、彼には「喜怒哀楽の表情」というのが昔からありません。
のぼせてにやける以外は、無表情。
「はい、チーズ」と言われても、作り笑顔さえ、よくわからず、気持ち悪く、にやけて、不気味になるのです。
この「表情の使い方がわからない」というのは、心から自然と出てくる素直な感覚をつかもうとしないからだと、S先生はよく言います。心を動かすことがめんどくさい、彼の困った性質が隠れているのだと感じます。

心が豊かに動くお子さんを見ると、IQが低くても、それだけでなんてレベルが高いのだろうと痛感します。思い返せば、小さい頃から、普通の人の自然な笑顔というのを見たことがないです。自分の世界でつぼにはまって、にたにたすることはありますが。。。
表情に乏しい上に、叱られて、つらくなって、思わず号泣したなんて経験さえレアです。じわっと泣いたことが数回あったかな~・・・

唯一の交流と、二枚の写真

「誰かと話した?」と聞くと、げんちゃんは「少し話した」と答えました。 中学の頃、ややクラスでは浮いていた、問題児的な子が、なぜかげんちゃんによく声をかけてくれていたのです。その子は成人式でも声をかけてくれたのだと言います。

「写真は撮ったの?」と聞くと、たった2枚だけ撮っていました。 一枚は、かつての先生との写真。先生が一人ぼっちのげんちゃんを気にかけてくださったのでしょう。げんちゃんは、珍しくその先生の名前を覚えていました。 もう一枚は、声をかけてくれた例の彼を撮ったものでした。誰かのカメラに収まろうとしている彼を、違うアングルから撮影したようです。 ほんの一瞬、げんちゃんなりに心が動いた証拠かもしれません。

隠しきれない「違和感」

何はともあれ、本人は「楽しかった」と言って帰ってきました。
不思議。
車に乗せようとした時、私は絶句しました。 父親から借りたオーバーコートの下から、ワイシャツの裾が一部「びろん」とはみ出していたのです。

「またやってる……。何してんのよ、それじゃ痴漢みたいじゃない!」
父親からも厳しく叱られましたが、げんちゃんは
「あ、トイレに行ったからかな。ちゃんと入れたはずなんだけど」と、またいつものように言い訳をします。ちゃんと 入れたのなら出てくるはずがありません。
ほんとに、こういうやつの親になると、あらゆる場所でがっかりすることばかりです。

正直、げんちゃんは、20年命を長らえただけであって、精神的には成人のお祝いを受けるような段階にはありません。おばあちゃんからお祝いを渡されても、封筒をリビングにポイと置き、中も見ずに「もらった」と言うだけ。お金のありがたみも、人の厚意も全く関知していません。

「やる気」を育てる過酷さ

「この子は、根っからやる気なし。そもそもハートの部分がこれでは、伸ばしようがない……」 そんな思いで彼を見つめていました。
心が動かない、鉄の心臓だから、行けと言われれば、どんなとこでもちゃっちゃと行く。電信柱みたいに、無になって、雰囲気だけ、しっかり楽しめる。
こいつを見てると、そういうところが、大物なのか、とてつもない破壊力なのか、さっぱりわからなくなる。・・・・
ただただ、眠る大蛇のように、私の前にどぐろを巻いて横たわっている!
私は、距離を置かねば、身の危険すら感じてきます・・・。

その日は半日スーツで過ごさせました。スーツにも慣れて、少しは身だしなみを気遣ってほしい!
あるママ友のお子さんは、高校生ですが、身なりにとても気を遣う子でした。自分で選んだレディースの黄色いバッグをアクセントにし、髪を整え、どこから見ても「普通」の青年に見えました。

年齢と本体の解離

2026年成人の日、うまく文章に表現できていませんが、
20歳という数字だけが独り歩きする、ただただ疲れ果てる一日でした。

年齢とげんちゃん本体の解離・・・・困惑しか感じませんね~!

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