ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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指導し続けているのに、たいていのところで挨拶をしない

げんちゃんの発達障害改善プロジェクト

夕暮れの海でくつろぐ私、なかなかブログ更新できませんでした~。みなさんこんにちわ~(美化💦)

挨拶をしないげんちゃん

あれだけ、げんちゃんの人生通じて、指導してきているにもかかわらず、げんちゃんが挨拶をしないのは、憂鬱の一言です。我が家の家系はどちらかというと、愛想の良い人が多いです。私の兄弟も主人の兄弟も、それぞれの問題をかかえてはいても、一見、外づらは良いです。顔を合わせれば、平均より、かなり気持ちの良い挨拶を交わします。

ですから、そんなのは、見よう見まねでできてくるものだくらいに考えている私です。しかし、げんちゃんには、そんな常識は通じません。彼は本当に挨拶をしません。まるで周りの空気など全く感じていないかのようです。

いまだに、S先生のお宅に伺うときでさえ、注意されています。
ただ、こんにちわ、と、言うことさえできないことが多いのですから、愛想の良い、心のこもった挨拶など、夢のまた夢です。

傲慢な性格と社会性の欠如

げんちゃんの性格のかなり特徴的な軸は、”傲慢”でしょう。

どうも、あれだけ叱責を受けても、恥をかいても、自分のことを ”普通に少し足りないくらい” もしくは、”けっこうできている”、と思っているようです。
周りの人のことなど何とも思っていないようなメンタリティが、挨拶をしないという行動に繋がっているのかもしれません。それとも、自閉傾向が少なめとは言われるものの、自閉的な自分の世界にいるために、社会的なやり取りが苦手なのでしょうか。
私には、よく意味がわかりません。

ただ言えることは、人に気を遣ったり、相手の立場を考えたり、人からしてもらったことを心から感謝したりするという、人間関係において基本的な感受性が、げんちゃんには欠落していることは確かです。
しかし、こういうことも、根気強くコツコツと、できなくてもできなくても、毎回毎回指導しなくてはいけません。もうそろそろ、こっちも限界に来てます。

つきにくい社会性と、歪んだ自己認識

しかし、こんなことでは社会に出れるはずもなく、高校卒後2年目、まだまだですね~。

さて、また大きく困ったことの一つに、自己認識が相当ずれているということがあります。これもげんちゃんの大きな課題であり続けています。
自分のことを、もう一人の自分が見ることができません。メタ認知というやつです。前述のことだってそれにあたるでしょう。

お喋りではなく、基本的には気がいいとこもあるので、人に嫌味を言ったり嫌な言葉を浴びせたりするような直接的な攻撃性はありません。しかし、げんちゃんはまわりの人を、心の奥底では見下しているように感じられます。
ちょっと御しやすい相手と踏むと、げんちゃんは、適当にいい子に自分を見せながら、上手に付き合います。彼には、たいていの教師はうまくだまされて、手玉にとられます。
”一生けん命やってるんですが、げんちゃんできないみたいです。”

いやいや、完全に抜いているんだけど・・・となります。

S先生だけが、怖い相手

げんちゃんが絶対的に怖いのはS先生だけと言ってもいいでしょう。先生だけはげんちゃんの心を手に取るように理解し、げんちゃんがどんなに騙そうとしても、鋭く見抜き、的確に指導します。

不思議な力によって、先生はげんちゃんの考えていることがわかるし、げんちゃんがどのように受け取って、どのような思いで今の行動をしたのかということも見逃しません。

ですから、げんちゃんは先生が一番怖いのですが、その先生にこっぴどく叱られても、次の瞬間には先生から逃れようとして、適当なごまかしの綺麗事を言ったり、言い訳をしたりします。他のクライアントさんであれば、絶対にそんなことはできませんし、先生から手厳しく、恐ろしいほどに厳しく叱られることもありません。そんな圧をかけなくても、他のお子さんたちはどんどん伸びていくからです。

S先生の、他のクライアントさんと相席しての指導

げんちゃんは、先生の他のクライアントさんたちが相談を受けに来ているときに、そこに立ち会うことがあります。それは、げんちゃんがそのクライアントさんよりも、どれほどひどいのか、どれほど傲慢で、どれほど人間として失格なのかを先生に思い知らされるためなのです。
他の人を見ることで、自分の立ち位置を正確に把握することができる。もちろんそれは先生の指導付きであるわけなんですが、そういう指導の仕方も時々します。

そういうときは、他のクライアントさんの前でげんちゃんはめちゃくちゃ叱られたりします。普通の子ならそんなことをされたら、落ち込んでしまって立ち上がれないかもしれませんが、そこまでやってもげんちゃんは、厚顔無恥。馬の面に小便という言葉がぴったりです。まあ、すごいメンタリティーです!

発達障害、性格によって、指導の仕方も違ってくる

不思議なことに、げんちゃんのいいところは、穏やかなことです。感情の起伏も少ないし、いろんなことをあっさり流してしまうので、いちいち一つ一つに目くじらを立てて、言い返したり、腹を立てたり、噛みついたりすることもありません。柳が風になびくように、スルスルと上手にかわしていくのです。どんな言葉も、どんなこともげんちゃんの心を傷つけることは難しいです。なんだって落ち込むなんていう言葉を自分の辞書の中に持っていないのですから、最強です。(異常です💦)

こんなげんちゃんの心を動かすために、私達も最強の力を出し、毎日クタクタです。

発達の子には、それぞれの性質というのがあります。げんちゃんに比べたら、繊細で、大きな圧をかけなくても、自分で気にして頑張る子もいます。しかし、鈍感度と繊細さのグラデーションは、いつも、二律背反です。繊細すぎると、すぐにつぶれてしまったりします。
だから、私がいつもげんちゃんにしているような声掛けが皆に言い訳でもなく、繊細な子には、それなりの言い方があります。

そこは、その子その子の性質、性格に合わせてやる必要があるのですが、どちらにしても、大変な子育てということは、間違いないですね。
少々の圧には強いげんちゃんが、突き抜ければ、無敵でしょうが、残念ながら、突き抜けるためのエネルギーも最強!そうそう突き抜けることもなし。 ある程度伸びやすいお子さんは、突き抜けても、そこから、なんやかんやと、ぽしゃってしまう。・・・

そういうことなのかもしれません。

みなさん、ほんとにお疲れ様です💦

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