ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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何をどのようにするのか。今は何が大事なのか・・・

 
絵を描かせようと思って、スケッチブックを渡したら、たまたまついていた塗り絵を塗りたい、言い出しました。
まだ、稚拙な塗り方で、しかも、がんがん黒を使っていました。S先生によると、まだまだ、逃げの気持ちがあるようです。
黒をこんなに使うなんて確かにおかしいかな~。
そして、自分で考えて木の陰をつけたようです。それはすごい!

 げんちゃんは、一進一退と言った感じです。外から見れば、それなりに伸びているようにも思いますが、ルーティンをルーティンとしてやっているだけで、よく見ると、そのルーティンさえ、激しくずれることもしばしばです。

すっかり定着した朝の支度にしてもです。

たとえば、玉ねぎやハムの切り方一つとっても、そこにこめる、こだわりや思いはなく、”ただ切ればいい”、という感覚です。ですから、だめだしすれば、じゃあ、どのように切ればいいの? さっぱりわからないといった感じです。

今をとらえ、何をどのようにすればいいかな。という、普通の人なら当たり前の思いを出さないのです。

たとえば、いつも食べる料理とつなげて、玉ねぎはどう切ったらいい?、という思いを出さないから、彼の作る料理は、(みそ汁程度)普段食べている料理とは、まったく違う異空間に存在しているみたいです。
 つまり、日頃のテーブルを思い浮かべて、こうすればいいかも、と考えない。だから、教えるまで戸惑ったり、ありえないようなことをする。

げんちゃんには、”朝ご飯の玉ねぎの切り方”、”朝ご飯のもやしの盛り付け方”、なんていうぶつ切りのジャンルが存在して、彼の中では、それはそこだけのものに過ぎない。だから、他に応用していけるものでもなく、他から持ってくるものでもない、ということです。

まあ、一言で言えば、バカの一つ覚え、だね。

異常です。異常すぎます。
何事も、ただ見ているだけでは、そこから情報は取ってこれません。

これはどうなっているのだろう、前に見た○○にも同じことがあったな、などなど、自分の中で心のアクションを持たないと、物事は、ただ目の前を過ぎ去る風のごとくです。

げんちゃんは、すべての行動を、ただぼんやりと、焦点を合わせることなく体験しているにすぎないので、いざ何かやらせようとしたら、何をどうしていいのか、さっぱりわからないし、ありえないような失敗をやらかすのです。

まさに、これが意識障害と言うものでしょう。

気持ちを出して、真意をつかんでいないので、毎回毎回、それらしいことはやっているけれど、びしっと、真ん中に行けないといった感じなのです。

玉ねぎは、柔らかくしたいから、繊維にそって切るのよ。と教えても、ただ切ればいいとなっていて、次に切るときは、それゆえ、また一からとなってしまう。

そしてもちろん、お湯が沸く間に、テーブルセッティングしたり、茶碗を出したり、というような、無駄のない動きは、もちろんなかなかできません。

休日の朝の朝食作りは、少しアレンジさせます。だから毎回、厳しい指導が入ります。げんちゃんは、あわよくば、すべてをルーティンに落として、表面を作ってしまおうとします。楽だからです。毎回毎回、
人がしてくれる、なにして、あれして、これして・・・・と言う指示を期待して、自らの心を動かそうとしない。。

まあ、勉強もそうですよね。
それをさせないように、自分で考えさせ、自分でつかむ思いが出ているかどうか、ということを厳しくチェックしています。彼のジャッジの基準となっています。

ま、でも、既定の範囲を時間内に教えないといけない学校の先生にそれを求めるわけにもいかないですよね~。なかなか、そういうところをメインに教えようとしている先生も少ないでしょうし。げんちゃんは、外側作るのはうまいですからね~。

あいかわらす、明日のテストに向けて、先生からは、
「同じところを反復させるといいですよ。」
というような、表面的なアドバイスが書いてありました。しかし、私としては、もう、そういう表面の形を作ることには、何の興味もなく、げんちゃんの心が、しっかり覚醒していることが大事です。

明日はテストですが、進捗状態などはどうでもいい。もう、点数なんてどうでもいい。バカの一つ覚えをしこんで、たまたまましな点がとれても、未来はない。
 私は離れたところで、自分の仕事をして、げんちゃんが自ら考え、わからないときに指導を仰ぎに来るように言っています。

時々問題集を持ってきて、聞いてくるときも、表面的なことで終わり、真意をつかむ努力をしていなければ、多少ヒントをやって、またつっかえず、ということをしています。

それでも、げんちゃんはなんとか格闘しているので、今日は、まあまあ気持ちが動いているんだろうな~。
こつこつ心を使うトレーニング、落ちたり上がったりしながらでも、なんとか続くと進化も遂げるんだろうと思います。

だから、げんちゃんを教えるのが、どの先生でもいい、というわけにはいかないというのもこういうことなんですよね。自分でつかもうとする思いがあるかどうか。私が見ているのはここだけ。
これが今のげんちゃんです。

やはり、成長はしているのでしょう。こういう段階に入っているわけだから。 

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  1. ゆうママ より:

    げんちゃんにはいろんなことをさせていてすごいなぁと思います。うちはこれからぼちぼちとそういうこともやらせていきたいと思っています。今までは余裕がなさすぎましたから。
    昨日入試が終わりました。発表はまだなのでどうなるかはわからないのですが、まあこれで落ちたら仕方ないと思えるくらいには頑張ったと思っています。
    卒業までどんな風に過ごしたらいいのでしょうね?なんだか私が燃え尽きてしまい、ゆる〜くなってしまいそうです。落ちたらそうも言ってられないのですけど…

  2. glow-gen より:

    ゆうママさん
    入試お疲れさまでした。がんばりましたね~。発表まで少し宙ぶらりんな気持ちになりますよね。私もそうでした。
    受かったとわかったら、気が抜けそうなげんちゃんを、叱咤激励・・・今度は生活のまともな力をつけなければ、と一気に方向転換です。
    高校は、プラットフォームとしてつかわせていただいて、生活力と、まともな感覚、常識感、これからつけなくてはと思います。
    実は、そここそが最も難しいのかもしれません。
    げんちゃんは、信じられないくらい常識感がつきにくいですよ~。(´;ω;`)

    まだまだ、勉強どころではない、というのが正直なところです。どんな高校なんでしょうね~。ゆうママさんのお子さんが受けた高校。
    時間の余裕をもらえて、必要なことをしっかりできる学校だといいですね~。

    といあえず、ほんとにお疲れさまでした~。

  3. robo_223 より:

    おっしゃる通り、点数よりも取り組みの姿勢ですよね。自分で考えて自分で取り組み方をつかめるかどうかが大事だと私も思います。

    特に高校からは、私もroboにそれを求めています。本人が推薦ではなく一般受験をしたい!と言っているので、ますます成績は関係なくなり、点数よりも取り組み重視で行っています。

    少し油断したぐらいでは、赤点にならない学校に通っているからこそのチャレンジです。背伸びをした環境だと親がガッツリ手伝わなければならなくなって、なかなか本人の自力を育てられない部分が出て来ます。または、留年を厭わないというやり方で本人の自力を引き出すことも可能だと思いますが、それも本人の成長段階によって適切な対処方法は変わりますよね。

    ところで、子供が黒い色が好きな時は、問題ないのですが、特に好きでもない場合に黒を多用する時は精神的に抑圧されている可能性があると、よく言われます。げんちゃんは大丈夫かなぁと少し心配なりました。解釈は色々だと思いますが。

  4. glow-gen より:

    ロボママさん
    ほんとに、ただ何も考えず、ルーティンをやる生活をしようとしますから、考えるというアクションをおこす子にしないと、結局は、げんちゃん、ウシガエルかナマケモノくらいの生き方になってしまいます。
    実際、簡単なお使い一つでも、お店の人に、何か言われると、自分の都合がどうだとか、事情がどうだとか、説明することなく、相手の言うことをそのまま聞いてひきかえしてくる。ちょっとした事情を説明したら、相手の誤解も解けるのに。そんな感じ。
    何か買いに行って、見つけられなかったら、なかった~と言って帰ってくる。じゃあ、そんな場合、どうすればいいのか、誰かに聞こう。とか、そういうことさえアクションがない。
    言われたことをただする。できなかったらもどってくる。幼稚園児なみです。
    それでも、自分の心がやっと表に出てきて、おしゃべりも、多少は多くなってきました。ただ、自分の心がつかめるようになったので、今度は、巧妙に本質から逃げるということをやっています。
    この黒は、やりたくない、めんどくさい。というマイナスな気持ちだと、S先生は言っていました。
    なんか、圧迫によって、少しは、こりゃいけない、とか、落ち込んだりする性質があれば、もっと進化も早いのでしょうが。めんどくさいのにいやだな~とかくらいの気持ちなので、いわゆる、みんさんが心配するような繊細さはなさそうです。やりたくないのにな~。くらいの感じなんでしょう。とにかくまわりにいるこっちが、疲弊しまくる黒さです。

    木の上のなまけものですから、どうやって上手に逃げようかな・・・と言う気持ちだけのように思います。
    でも、自分さえ、その本質に気づかず、自分はがんばっている、と外側だけ作ることで納得しているようですが。

    自分は逃げているのに、それも把握できないのかもしれません。

    進化して、また新たなステージのナマケモノになったように思います。

  5. ゆうママ より:

    こんにちは。
    ご連絡が遅くなりました。無事に高校合格しました。ほっとしています。応援していただきありがとうございました。息子よりも私の方が気が抜けてるような状況です。
    たくさんの人から応援してもらったことも自覚しているようで、みんなに報告とお礼を言ってる息子を見てるとやはり嬉しかったようです。ほとんどの子が受かるような高校ですけど、受験勉強と面接の練習をしてきたことが合格につながったのだとわかったことが一番よかったことだと思っています。

    入学後は背伸びしない勉強ができることが嬉しいです。1年生は基礎からの学習。2年生以降はコースに分かれて興味のある学習をしていきます。将来につながる何かが見つかるといいなと思います。

  6. とんまま より:

    こんにちは。

    ”今を捉える、何をどのようにしたらいいのかな?”
    というのは永遠の課題です。
    とんちゃんは、興味あることには、そこに片足突っ込んだぐらいの考えをすることがありますが、学習やら身の回りのこととなると、全く考えませんね。
    料理なら、ただ切ることが楽しい、炒めることが楽しいただそれだけです。
    学習には楽しいことがないのでね、考えませんね。

    無駄のない動きをさせたいですが、本当にダメですね。
    今年の秋ごろ、とんちゃんを学校に送ってそのまま教室での支度を見ていました。
    まあ、段取りの悪いこと。
    一度で済むことを二度三度往復。
    全体で考えていなく、目先の一つの事しか見えていない証拠です。
    来年度は学校でも無駄のない動きをすることを目標にしたいと担任に言おうと思っていたところでした。
    学校にそこまでお願い??するのは悪いかなと思いつつ…

    塗り絵の件ですが、とんちゃんも黒を多用しますね。
    今現在は分かりませんが、ちょっと前まではそうでしたよ。
    ちょっと薄気味悪いな、精神的に何かあるのかと思った記憶があります。
    木に影を付けるのは、さすが中学生ですね。
    とんちゃんも今になって幼児期を取り戻すかのように、小学校受験の問題を楽しくやっています。
    やはり、わかる!!できる!!という感覚があるのでしょうね。
    それが楽しいに繋がっている、そんな感じです。

    学年相当の学習(漢字以外)に対しては、依存心丸出しです。
    大人がいなくちゃできない、ハナからそう決めつけています。
    問題すら読もうとしないのもマズいです。
    仰るように、分からなければ聞きに来るというスタンスでやりたいところですね。
    それには学年相当の学習は厳しいのかな…

    ※ゆうまま様 息子さん合格おめでとうございます
    息子さんもお母様もお疲れ様でした。
    暫くはゆっくりできそうですかね。
    こちらに見える方々、他人とは思えなくて。
    陰ながら応援していました。

    げんままさん、コメント欄拝借し申し訳ありませんでした。

  7. glow-gen より:

    ゆうママさん
    おめでとうございます。よかったですね。ママのがんばりそのものですよ。
     きっと、高校を選ぶところから、ほんとに気持ちを使って、お子さんの将来につながるように、たくさんのエネルギーを使ってこられたと思います。ほっとしましたね。
     子供さんは、そういう親の愛と努力を、すべてはわかりません。私がそばにいたら、
    「お母さんに感謝しないとね!」
    と、言ってあげられたのに。笑
    それにしても、高校生活は、良いプラットフォームとして使える高校に行ければ、子供さんのペースで、学習、実学、ソーシャル、徹底的にプログラムしたいところです。
     そして、中学卒業から入学までのお休みを、最大限に活用できたらいいですね。
    げんちゃんの場合、高校は、プログラムこそ良いけれど、油断したら、落ちて行くことがわかっていますから、少し戦々恐々です。
    げんちゃんをひきあげてくれるようなお友達ができて、切磋琢磨してもらえたらいいですが・・・

     げんちゃん自信が、我関せず、と言う性質なので、ほんとに恐ろしいですよ~。

     ゆうママさん、つかの間、休息してください・・・とはいえ、お子さんは、やはり、引き締めておかないといけないかな~。

  8. glow-gen より:

    とんままさん
    >”今を捉える、何をどのようにしたらいいのかな?”
    ほんと永遠のテーマですよね。

    着替えや準備など、とんちゃんよりずいぶん年上のげんちゃんですが、あいかわらず、無駄多いですよ。基本的に、一つずつ・・・いまだに。
    それを注意してあらためさせたら、考えたからできた、のではなく、ルーティンに落としたからできた。にすぎません。
     しかし、木に影をつけるんですよ。それって、ちゃんと自分で意志をもって、考えたり、工夫したりできるってことですよ。
     ちょっと興味がわいたことなら、能力を使うんです。でも、やりたくないことは使わない。
    自分自身についても、我関せず。適当に、ただやっていればいいだろう。です。
    そして、げんちゃんは、最近、自分の心が少しつかめるようになったので、自分はすごいとか感じているようです。普通の人にしたら、あたりまえすぎて、特別できたなんてとりあげることでもないことを、初めてできたという感触があるらしく、できる感を勝手に作ったりしているようです。

  9. glow-gen より:

    とんままさん
    周りから見たら、いじけて当然だろう、という場面でも、「おれできる。普通だ。」みたいな感覚にのぼりつめてしまうものは、当たり前にできることが、まったくできないからです。
     発達障害の大人が、当たり前のことをちょっと、とらえられただけで、マウンティングしたりすることがあります。あれでしょう・・

     だから、周りの先生に、私が、
    「この子は、いじけたりすることもないし、むしろ、こき落としてないと、大変なことになります。」
    とお願いしても、すぐにもちあげてしまったり、いらない気をまわして、げんちゃんをのぼせてしまうのです。

    とんちゃん、小学校受験の問題楽しくやっているんですね。意外と、あれ難しくて、天秤の重さの問題とか、げんちゃん、今できるのかどうか、あやしい。
     わからないのではなく、考えようとしないから。
    考えなくて、ぱっとやれることはたのしくやりますよね。
    ちょっと立ち止まって考えること、それを少しずつ、逃げないように訓練しないと、逃げまくって終わってしまいます。
    最近では、賢くなったげんちゃんは、考えたくない時は、一生懸命考えているけど、わからない。というふり・・・なんてことします。
     多くの先生は、すっかりだまされて、げんちゃんにこき使われます。
     できるはずのものをしなだれかかってくるので、最近は、無視しています。依頼心と甘え、最近は鼻についています。
    今は、無視しているのが、一番いいようです。少し努力すればわかったり、できたりするのに、そのエネルギーを、人にやらせることに使おうとしますから。
    中学校の先生方は、完全にげんちゃんに使われています。学校に行かせる意味がない気がしています。

  10. ゆうママ より:

    げんちゃんママさん、ありがとうございます。1週間まったく勉強しなさいと言わずに過ごしました。1分も勉強しなかったですね〜(苦笑)

    そうなんです。そろそろ締め直して入学までに生活を整えて落ち着いて高校生活をスタートさせたいと思っています。ずっとじっくり取り組みたいと思っていた生活力、Social、国語力を引き上げたいです。まだまだやらなければならないことがいっぱいあります。

    とんママさん、お祝いメッセージありがとうございます。私も同じく、こちらのコメント欄でお目にかかるママさんたちも一緒に頑張るお仲間のように感じています。お互い頑張りましょうね。

    げんちゃんママさん、コメント欄お借りしてすみませんでした。

  11. とんまま より:

    こんにちは。

    ”ちゃんと自分で意志をもって、考えたり、工夫したりできるってことですよ”
    そうですね。
    そういえばとんちゃん、今、道路標識と信号のガチャガチャにハマっていまして。
    信号狙いなのですが確率は1/5です。(全て同数入っていると仮定して)
    まだ2度目の挑戦ですが、信号が出ませんでした。
    意気消沈。がっくりして元気がありません。
    帰宅してしばらくすると、「ぼく、信号機を作る」と言い出し、紙に信号機の絵を描いて、はさみで切り取り、セロハンテープを使って作っていました。
    ポールを立てておくことができず(頭の中が平面。作ったポールも立体の棒ではなく、平らな紙切れ)本人なりに考えた結果、二本の標識の間に貼り付けていました。

    レベルは相当低いですが、これはとんちゃんなりに考えたり工夫したりした結果です。
    こういうことが全てにおいて必要なのですよね。
    できないわけじゃない。
    やろうとしない。
    何とかしたいという自分の奥底からの願い。
    これがとんちゃんに思考するという事をさせた。
    何に対してもこの奥底からの気持ちが出るといいですよね。
    出てくるには、自分のことを捉えたりということが必要なのですよね。

    しかし思考することにも慣れていないからなおさら、普段やろうともしない。
    このスパイラルから抜け出したいですね。
    やはり全てにおいて横から思考できるような援助が必要ということがよくわかります。

    ”ルーティンに落としたからできた。にすぎません。”
    これもとんちゃんにも心当たりがありますね。
    指摘されたからそれを覚えていて、そのことだけならできる。
    似たようなことがあっても、「あ、あの時こうやったから」などど応用、考えることはなく、無駄の多い動きをしています。

    ”学校に行かせる意味がない気がしています。”
    私が中学校で最も恐れていることは、これです。
    地元中学支援級の実情はよくわかりませんが、普通級と完全隔離、授業に参加なんてない。
    定期テストもないと聞きました。
    なにやら木工??などやっていると。
    ただ無駄にいるだけ、義務教育だから仕方なく学校に来ているという風に感じてしまいました。
    中学校が恐ろしいですよ…
    3年間ですものね、ぼーーっとしていたらあっという間ですものね。

  12. 夏みかん より:

    げんちゃんママさん、こんにちは。
    息子の応援演説、無事終了したようです。以前、アドバイスいただいたマインドマップは拒否が強くて実践できませんでしたが、その子の興味あるもの、やりたいこと、将来の夢などよく知っていてたくさんのことを話していました。クラスメイトの名前も興味がない相手ならあやふやなのに、その子に対してはやはり何かしら思うところがあるのでしょうね。
    息子を選んでくれた理由が「しっかり堂々と話してくれると思ったから。」だと先生が教えてくれました。納得いかないと相手にいつまでもかみついて自己主張するところがあるのですが、それを良いように働くと捉えてくれたのかなと思いました。
    ですので、そのような姿がプラスになる場面、マイナスになる場面など話し合うことができました。
    先生やその子からもどのようなことを息子に求めているのか、話をして下さったようですし、期待に応えるために自分は何をしたらいいのか他人に寄り添って考える大変良い機会となりました。
    これからの人生の糧になっていくといいなぁと思っています。
    そして選挙が終わると強迫障害のような確認行動は少しずつ減ってきました。やはり強い緊張からだったのかなと思います。

    ところで、最近、息子を療育していただける先生に出会うことができました。中学からは通級など支援がゼロになってしまうため不安を感じていましたが、中学、高校…と継続的に相談したりサポートしていただける方と繋がることができました。
    大変有り難いです。

  13. etinarcadiareni より:

    はじめまして。

    スケッチブックの絵が懐かしく、コメントさせて頂きました。

    自分と子ども用に、字でも絵でも拘らず色々書きたい時に書ける素材として大量買いしてました。

    息子さんのご事情は、はじめてこちらに伺ったので、わかりかねますが。

    オレンジと黒のコントラストがハッキリしたカッコイイ印象を受ける配色だな。と感じました。

    影も、物理的な影なら家にもつけたくなりそうなのに、オレンジの地面だからか家は黒の壁にして、木だけの影にする事で際だっているな。と意図してなくとも、意志を感じるデザインに見えました。

    色の種類は多くないながら、同色の濃淡を変える事でテイストを変えて、全体にはスッキリした印象を与えているんだな。と、勉強になりました。

    どうもありがとうございました😊

  14. glow-gen より:

    ゆうママさん
    高校入試が終わったら、ちょっとふらっとなりますよ~。
    げんちゃんは、ここ数週間。また新たな局面になって、ほんとにやばいですよ~。
    進化して、かなり気持ちが使えるようになってきているのに、自分の気持ちが少しわかるようになってきたので、そこを優先しています。
     ちょっとした反抗期みたいになっていて、自分の世界観で、勝手に自己解釈。困ったものです。

     能力が上がると、気持ちを抜いていても、できることが増えます。そうすると、上手に手を抜く。学校ではだれもとがめません。なぜなら、前のげんちゃん基準でいけば、こんなものだろう、と言う感じだから。
     実は進化をとげているのに、気持ちを抜いていても、まわりがフォローしてくれるから、何も言わない。
    何も言わないと、自分はできていると自己都合解釈・・・
    進化しても進化しても、心の底から、がんばりたい! というのがないので、いつも、問題がからみます。

    自分自身がかえるしかないのにね~。

  15. glow-gen より:

    とんままさん
    信号機にはまっちゃって、工作したんですね~。げんちゃんも、マインクラフトにはまって、方眼紙でキャラクターづくりさせました。
    そういう時でも、1から指導書にそって作る、といったことをやらせないと、好きなことは、自分の世界に入って、適当にやって終わり、となります。
     今、塗り絵をさせているのですが、適当な図案だと、適当に好きなようにやって、終わり・・・と言う感じなので、お手本の塗り方がついていて、その通り、考えてやらないと、ゴールにいかないようなものを買いました。
     普通の子なら、ただ好きなことをやらせれば、そのなかで段取りなど、学んでいくのでしょうが、この子たちは、ただやる。終わり!となりがちです。

    実際に信号機をパーツごとに、ママが作り、それを考えながら再現する、と言う方がいいかもしれません。

    げんちゃんの過去なら、再現する、というところで、ありえないようなことをしてましたよ~。

    そして、それができるようになってくると、ルーティンに落とすので、課題をさらに変えたり加えたりする。
    ほんと、意識が出にくい子供の場合は、すさまじいエネルギーだと思います。

    学校も、外側しか見ていないので、この子たちの、目的意識障害、という部分に関して、何もしてもらえません。外側しか見なければ、能力がない、できない・・・そういう見方になり、いわゆる障害児の、一般的な教育になっていくのだと思います。

    げんちゃんも、学校では、圧がかかりません。

  16. glow-gen より:

    夏みかんさん 
     読んでいて、げんちゃんとの違いに感動すら覚えるのですが、気持ちの行き先のバランスが偏るので、まわりは大変ですよね。
     げんちゃんは、気持ちがない・・・指導しようにも、ない! ゼロからは何も始まらない。だから、まずはゼロ脱却から・・・
     お子さんは、しっかり出ている。ただ、出し方がわからないし、使い方が偏っている。

     大変ですが、改善した時のゴールも近くにあります。がんばりがいはありますよ~。大変かもしれないけれど、何かのきっかけがあったら、簡単に変わっていける可能性もある。(簡単じゃないだろうけど~)

     応援演説、マインドマップをいやがったんですね~。これに限らず、納得ができないと、どうしても、拒否してしまうんでしょうね。
     もっと柔軟になれば、楽になるのに、なかなかこだわってしまうと難しいということなんでしょうね。

    自分が、認めた相手とかが、アドバイスすると、すんなりやってくれたりするのでしょうね。
    それを考えたら、良い指導者が見つかったというのは、すごく将来性を感じます。
     人間としての幅のある人が、接点をできるだけたくさん与えてくれるといいですね~。

     ちなみに、げんちゃんは、接点の前に、点を増やすって感じです・・・泣

  17. glow-gen より:

    etinarcadiarenさん
    コメントありがとうございます~。
    そ、そ、そうですか~。私は、ぜんぜん何も感じなくて、変な配色、くらいに思っていました。
    げんちゃんは、時々色遣いをほめられる時がありますが、これも、良いと言ってくださる方がいて、ほんとにうれしいです。

    確かに、私はこんな色使わないな~と思いました。
    解説までしてくださってほんとにありがとうございます。

    たしかに、家に影をつけると、ちょっとまた違いますよね。なるほど~。ありがとうございます。そういわれたら、そう思えてくるので不思議です。
    取りえを見出しにくい子なので、ちょっと感動しました~。 1

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