ママの格闘と改善のダイアリー

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知的障害のある息子の自立と20歳の決断。調理師学校への入学を辞退

げんちゃんの料理
げんちゃんの料理(左上はすき焼き煮、辛すぎたけど、まあ、食べれました。右上はハム)この日はまともな方。言いつけたことの3分の一は、忘れ去っていたけれど・・・

3月、新しいスタートと苦渋の決断

3月に入りました。人生の時計がまたひと回りして、新しいスタートを切る時期です。

げんちゃんは、なかなか伸びません。でも、少しずつは伸びています。でも、世間の若者たちの、いや子供たちの進歩からすれば、一人取り残されたような状態で暮らしています。

先日、とうとう調理師専門学校へお話しに行きました。事情を説明し、

「今年は到底、子供の能力がそこまで達していません。入学させていただいてもご迷惑をおかけし、皆さんの足を引っ張るだけですので、今回はご辞退させていただきます」とお伝えしました。

げんちゃんの現状と「学ぶ」ステージ

げんちゃんがそれに見合った状態になっていればの話ですが、また来年挑戦させていただけるかお聞きしました。快くイエスの返事をいただきました。
意外にも、私の中に進むべき道がうっすらと見えてきました。

来年の入学シーズンを迎えるまでに、げんちゃんが調理師専門学校という環境を生かせるように成長していれば、来年から二年間、学校生活ができるということです。

これまでは、なんとなくぼんやりとしていた進路でした。二十歳になったと言っても、げんちゃんの精神年齢はまだまだ小学生レベルです。能力だって、決して高くはありません。そんな状態でどっぷり「就労」と言っても、成長のすべてが頭打ちのように感じます。

まだまだ「学ぶ」という環境においておかないと、げんちゃんは頭打ちどころか奈落の底にまっさかさま、と感じます。

自立への高い壁と、来年への目標

グループホームで一人暮らしをしながらの就労は、今のげんちゃんの場合、諦めるのと同義です。この環境でげんちゃんが伸びる余地があるとは、私には感じられません。「自分自身を高めていく」という強い気持ちがない以上、どこかで支えていなければ、急転直下で落ちていくのは目に見えています。

普通の子が普通にするように、将来の希望や目標を持つといったことが、げんちゃんには全くありません。まるで行く先が存在しないかのようです。ただ、日々をその場所で生きていくだけの人間――。私から見れば「こんな人間がいるのか」と呆れてしまいます。人が人である以上、目標や向上心は、おのずと培っていけるものだと思っていました。

人としての形が整っていないげんちゃんを、どこに所属させたとしても、そこが「人が人である」という前提で作られた環境である以上、今のげんちゃんを入れれば恐ろしいほどのステージダウンを招いてしまいます。そんな中で、来年またチャレンジするという目標を設定できたことは、ありがたいことです。

家族との対話と、一歩ずつの成長

げんちゃんと言う子は、望みがまったくない、という状況にしてしまうと、「あ、そう」と簡単に切り替えてしまうので、来年のセカンドチャンスを設定するのは、良いのではないかと思います。

そのあたりの演出一つで、げんちゃんは舐めてしまったり、捨ててしまったりします。なんたって、よしやるぞ~みたいな、気迫がまったくない(過去通じて一回も感じたことがありません。)げんちゃんを、どうやって自ら目標をもって動く人間にしていくか、不可能への挑戦と名付けたくなります。

毎年一年一年を紡ぎながら、遠くの目標がなかなか見えないげんちゃんに、こっちも息切れして、距離を置きながらたまにチラ見して引っ張るしかないと感じる今日この頃です。

せっかちな私も、さすがにげんちゃんが自立した社会人になるまでには時間がかかると覚悟しています。障害者枠か一般枠かは問題ではありません。げんちゃんが人として自分を高め続けられるスタートラインに立ち、本当の自立を遂げるまでには、短く見積もっても5年はかかるのではないでしょうか。いや、それでもまったく形にならないことだってあり得ますよね~
なんておそろしや・・・・

日常の中での「食」を通じたトレーニング

今年は猶予ができたので、げんちゃんに「仕事をさせる」という新しいステージを始めようと思います。週に2〜3回程度の就労という形を取らせ、週末は時々グループホーム、残りの日は今と同じような暮らしをさせる。

最近、生活スタイルが少し変わりました。おばあちゃんが少し弱ったのもあり、平日、私たちの食事を作ってもらうのをやめ、夕食作りをげんちゃんに任せることにしたのです。

私の帰宅はとても遅いのですが、げんちゃんが夜の先生の指導を終えて帰宅する頃、私もようやく帰り支度を始めます。夜遅く、私は職場や帰り道中から、携帯でげんちゃんに夕食の料理の指示を出します。
休日に一緒に買い物へ行き、食材は買い込んであるので、その日のメニューを伝えて下ごしらえをさせておくのです。

例えばチンジャオロースなら「ピーマンを切っておいて」「肉に小麦粉をまぶしておいて」といったオーダーです。2月の半ばから毎日続けていますが、とんでもないことをやらかしたり、唖然とするような失態をします。それでも毎日繰り返すことでだんだん日課になり、わずかずつでも進歩します。

私としても、家に帰れば野菜が切ってあったり下ごしらえが終わっていたりするので助かります。味噌汁程度ならげんちゃん一人で作れるので、帰宅して数十分で食事にありつくことができます。げんちゃん自身も、それはまんざら嫌ではないようです。

1年ずつの「パッチワーク」を繋いでいく

少なくとも今の積み重ねを続けていけば、来年の初めには、今よりも能力が上がっているはずです。あまりに歩みが遅いため、一度ドカンと落ちれば「元の木阿弥」になってしまいそうな危うい進歩ですが、それでもコツコツと続けていこうと思います。

ぼちぼち週2~3回程度の就労先を見つけ、そこへ通うのかをホームスクールの予定に組み込んでいく。それが今年のプランかな、と思うようになりました。

少しずつ気温が緩み、花粉症で鼻がムズムズする季節になってきました。この先1年だけのことではありますが、一応のプランが見えてきたことで、私も少しだけ安堵しています。

毎年毎年、1年ずつをパッチワークのように繋いでいく、危うい歩みではありますが、少し私の気持ちも落ち着きました。

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