ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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発達障害げんちゃん、「考えるのはめんどくさい」

げんちゃんの作った料理
写真では、一見まともに見えるけれど、げんちゃんの作った料理はひどいです。生姜焼きは丸まった肉にべちゃっと粉がだまになり、ねちゃねちゃしています。ニンジンの短冊切りを、ばかみたいに非合理な切り方をする。考えようとしない💦

とんままさんのコメントに

ずっと交流させていただいているとんままさんのメッセージに、返事を書いていたら、長くなって、本質的なことがいっぱい出てきたので、このブログにしたためてみました。
とんままさんとの交流も、ほんとに10年以上。とんちゃんも、学校卒業後を考える時期になってきましたね~。いや、とんままさんだけじゃなく、ずっと前から読んでくださっているママたちのお子さんたちは、みなさんどう成長されていることでしょう。長きにわたり、本当に感謝です。

さて、どの子にも言える課題、そして、げんちゃんには、まったく乗り越えられない最強の課題!
”指導していること、それを本人が必要と思ってなければ、すべてはもうどうしようもない!”
IQより、むしろ本人に自覚があるかどうか という問題です。

例えば、負けず嫌いだったり、例えば自分に対して関心があるとか、そういうものの存在が成長の不可を分けます。つまりその子の「思い」というものが、発達障害改善のカギになってくると、つくづく思います。

発達障害というOSの誤作動

発達障害とは本当に厄介な障害だと思います。 人間が人間であるべきところが誤作動するので、(特にげんちゃんの場合)つまり基本のOS、パソコンの一番ベースの部分が狂ってるようなもので、どんなアプリを入れようと誤作動を起こすわけです。

そもそも人としての目標設定などは、言わなくてもある程度前提としてあるものですが、げんちゃんはそういうところにまったく蓋をして平気なので、そこに継ぎはぎして新しいことを入れようとしても、本当に地獄になるんですよね。

「緩い環境」がもたらした副作用

げんちゃんは緩い高校に行きました。げんちゃんはその学校が大好きです。もちろん、ゆるくて楽しかったからです。

でも、前のブログのコメントで、とんままさんがしたためていらした、とんちゃんの学校のような、厳しいところに比べて、げんちゃんの高校生活は、げんちゃんに、三年の野放しタイムを作ってしまいました。家に帰ってからは、しっかりスケジュールを立てて、指導していったものの、学校タイムはアンタッチャブル。げんちゃんは、意識を低下させ、好きな自分の世界にひたったのではないでしょうか。それは、現在にも、影を落としているのかもしれません。

とはいえ、どんなにいい先生や環境を持ってきても、げんちゃんという子が、本質的にやる気がなく「面倒くさい」で彩られているかぎり、生かすことはなかなかできません。高校選びを間違ったというわけでもないのです。

恵まれた環境と本人の甘え

げんちゃんを見て多くの人が、贅沢な環境だと言います。 ベストチョイスの先生方、いろんなことをさせてもらえる環境、それらにどっぷり浸かって甘え切ってしまっているのがげんちゃんだと、少し深くかかわっている人たちはみんな思っています。

自立訓練の事業所の先生方も口々にそう言います。たくさんの利用者さんを見ているので、能力や素質があっても家庭環境や、いろんな取り巻く環境がそれを伸ばすようになっていない、気の毒な利用者さんたちもたくさん見ているのです。それでも頑張っている人たちはたくさんいます。

それなのにげんちゃんという子は罰当たりです。

最後の愛情としての選択肢

料理学校はこの2年間の私の最後の愛情かもしれないですね。
彼はこれをものにできなかった。

人生にはつかみ取らなければいけない一瞬というものがあります。げんちゃんはそれさえも、いつもするすると逃げて、あわよくば、低い所低い所へと堕ちて行きます。

本人が心底やる気を出したら、チャレンジできたと思います。できたというより、私たちが全力でサポートしようと思ったでしょう!でも、彼には、周りが応援したくなる、ピュアな強い意志がない! 神輿に乗りたいという、子供じみた願望だけです。

ここ二年やってみて、ここんとこ少し距離を置いています。発達障害であっても、自分の人生は自分で掴み取らなければいけません。多くのハンディキャップをサポートし、チャンスを与え、それでも掴もうとしないげんちゃんは、人として見た時に、残念な人だなと思います。

20歳、これからの人生と親の責任

さあ彼はどんな人生を歩んでいくのでしょう。 喜んで、福祉の世界にどっぷりと突き進んでいくのでしょうか。第一、障害者就労なんていっても、甘くはないと思います。
甘え切って生きていこうとするのでしょうか・・・
私は親としてちゃんと責任は果たしますが、彼自身が選択する部分には関わることはできません。それは自分で選択すると言う言い方より、彼自身の歩んできた結果が選択する進路です。

げんちゃんの人としての生き方が問われるところです。

日々の暮らしを一つ一つ丁寧にしようという些細な思いさえ、面倒くさがって出そうとしないげんちゃん。できることでも、めんどくさければ、上手にオミットしようとする。
その延長にしか、自分の人生を切り開く道はないというのに。

めんどくさいから、どうやって逃げようか、ということが最初に出てきます。自分の人生がかかっている側面に際しても、めんどくさい、を優先する。愚かだと思います。

20歳とは言え、まだ精神年齢が幼く、完全に手を放すというわけではありません。しかし少しずつ少しずつ自分が選択してきたことの結果が、これからは出てくるものだと思います。

学校という猶予期間を終えて

過去交流したママのお子さんたちは、成人して少しずつ成長している人もいれば落ちて行ってる人もいると思います。 学校時代は彼らは教育してもらえるチャンスもありました。どんな人でもチャンスを生かせば伸びていけるという前提のもとに環境を与えられていました。

でもそこから放たれたら自覚が命です。現状維持と言うことはないと思っています。前に進むか、後ろに下がっていくかの二つ。
 周りの状況はどんどんかわっていきます。最低限努力して、やっと現状維持です。はたからは、同じと見えるでしょうが、何もしないで現状維持はありえません。
 そして、みじんも努力しなければ、後退あるのみです。
ましてや、大きく飛躍しようと思えば、相当な努力が必須というわけです。

げんちゃんが調理師専門学校に行ける可能性は少ないです。どう辞退の連絡をしましょうか。

本当に周りが仕掛けて、時々出すげんちゃんの良いパフォーマンスは、それが続けば、調理師専門学校挑戦させよう、と思わせるものがあります。

しかしやる気の無い時など、彼は軽度知的障害ではありません。できることさえ、まったく無視されたひどい状態になります。

つまり本気でやる気を出せば、なんとか周りを巻き込んで、ギリギリのラインでがんばることができるのに、ほんとにあほな人だな、と思います。

※写真
げんちゃんの料理、ただ思い付きでやるだけなので、とんでもないことがおこります。段取りもめちゃくちゃ。でも、それでも、やらせていかないと、少しの成長もありません。考えることを放棄し、思い付きでルーティンをやろうとします。「めんどくさいから考えようとしない。表面を作ればゆるされる」、げんちゃんが克服しないといけないのはここです。

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