ママ友との食事会
先日、ママ友と夜食事会をしました。げんちゃんと同じ年くらいの発達障害のお母さんです。食事をすることが決まった時からわくわく。今私たちが、真剣に取り組んでいることは、発達の息子の育児!(もう育児と言う年齢ではないけどね。)やはり、一生懸命取り組んでいるテーマが共通する友達は、話していても楽しいです。
なんとなくママ友が集まって、なんとなくしゃべっている会より、同じテーマで必死に戦っている同志のようなママ友と話すのは、格別だと思います。ましては、同じ年ごろときています。みんな話したいことがたくさんです。
当日も話が盛り上がり、あっという間に時間が過ぎました。
他愛ない会話に、反応できたげんちゃん。でも反応するのはめんどくさい
楽しい食事を終えて帰宅後、私はげんちゃんにその日の出来事を話しました。色んなエピソードの中でも、あえて、どうでもいいようなエピソードを話してみました。
「今日、トモキくんのお母さんと食事をしたんだけど、トモキ君ママが、私の白いジャケットあるでしょ。あれと全く同じジャケットを着ていたの! 実は、朝、私も、あのジャケットを着て行こうか、ずいぶん迷って、このジャケット着て行ったのよ! ほんと、あれ着ていかなくてよかった~・・・」
私にとっては、ちょっとしたびっくりネタですが、げんちゃんが食いつくネタではないと、確信しつつ、あえて、何気にげんちゃんに話してみます。どうせこいつに話したってな~、と、何の期待もしないのですが、ま、話してみるか・・・A君を知っているのだから・・・そういうノリです。
案の定、げんちゃんはただ「うん」と頷くだけ。
その反応に、
「何か言いなさいよ。せっかく話しかけてあげているのに」と、不快感をあらわにする私。
すると、げんちゃんは、あわてて、しどろもどろしながら
「ああ、そうなんだ。かぶったんだね~」
と答えました。
以前のげんちゃんなら、このような言葉を使えたかな? 少しびっくり。まず驚いたのは、話の確信をつく、「かぶった」という表現ができたことです。ぴんぼけ男としては、なかなかの的!
その語彙力にも驚きました。さらに、洋服がかぶった時の気まずさを理解していることにも、成長を感じました。以前のげんちゃんでは、無理だったのではないかと思います。
「げんちゃん、『かぶる』って意味がわかって、気まずいってこともわかるの?」
と私が尋ねると、
げんちゃんは「わかる」と答えました。毎日、先生と一緒に作文を書くことで、物事を一つ一つ分解し、理解していく作業が実を結んでいるのかもしれません。
洋服がかぶって気まずいなんて、そんな微妙な感情、普通の感性が理解できないと無理です。
第一、人のことなんてまったく興味ない、心が動かないげんちゃんには、ソーシャルの繊細な心の動きなんて、最も理解しにくいと感じる私です。
人の話を受けて、会話を展開するのはめんどくさい
しかし、げんちゃんは私が何か言っても、基本的には「ふーん」と受け流してしまいます。今回も私が話したことに対して、私が少し怒って何か言うように促したので、返事が返ってきました。やはり、気持ちを使って、思考を進めていくことを面倒くさがる性質はなかなか変わらないようです。
高校時代、私はげんちゃんに「もっと友達に話しかけなさい」とよく言っていました。時々、げんちゃんは「今日、友達に話しかけたよ」と報告してくれました。
私は期待して、「何を話したの?」と聞きます。
たいてい、げんちゃんは「『どこから来たの?』って聞いた」と、だいたい、そういうイントロ的な質問をしたようでした。
そういう時、だいたい相手は、『〇〇から来た』って言って、げんちゃんは、それにうなづき、会話終了! となっていました。
相手の話を聞いて、そこから話を広げたり、次の質問をしたりすることは、げんちゃんにはまだ苦手で、話は広がっていかず、楽しいキャッチボールにもなりません。
すぐに思考を止めてしまうのでしょう。困ったものです!
しかし、げんちゃんはできないわけではありません。好きな話題だと、つらつらと会話がつながっていくこともあるのですから。
ただ、たいして興味がないと、考えることや会話を続けることを面倒くさがってしまうのです。
げんちゃんには、もっと自分の心に負荷をかけ、積極的にコミュニケーションを取ることをいとわずにトライしてほしいです。
げんちゃんの問題点は、常に、やろう、やってみよう、という思いの希薄さなのです。
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