ママの格闘と改善のダイアリー

自分の子が発達障害?
それって何? から始まった。

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発達障害20歳、二つ目の調理師専門学校見学

げんちゃんの発達障害改善プロジェクト
お料理教室で作ったミートソースを家で再現。普通の子がやるように、というには、なんかどこか変。もちろん手伝います。なんなんでしょう・・・なんか、ずれがある。あらゆるところで、ちょっと考えたらそうはしないだろう、というようなちょっとしたことが繰り広げられる。

げんちゃん調理師専門学校――親がついていかない決断

前回の調理師専門学校の説明会で、すっかり反省した私でした。(前回ブログ参照)もう一つ予定していた、次の調理専門学校では、私はついていかず、行く場所も本人にググらせ、アクセスを調べ、自分一人で行くように仕向けました。

かといって、親が行かないのも、情報がよくわからないので、普段あまり頼りにしていないパパに、あえて、出先から行くように計画しました。
集合時間に学校で落ち合い、見学も、げんちゃんの横にはつかず、少し離れたところで一緒に参加する、というようなプランです。

前の日は、気持ちが入っているように見えたが・・・

さすがに前の日はそわそわと、Googleマップで行き方などを探っていました。まったく行ったことがないところで、電車に乗って行くか、バスで行くか、どう乗り換えるかなど、2つ3つの選択肢がありました。げんちゃんはそこで、バスで行って、そこからまたバスを乗り継ぐという選択肢を選んだようです。

私は「バスのあと、電車を使った方がいいのではないか」と思いましたが、Googleはスマートにバスとバスの乗り継ぎで学校の真ん前まで案内してくれていたので、「まあ、それもいいかな」と思い任せました。
何時に出るかという点については、多少の余裕のあるプランをげんちゃんは考えたので、「まあ、それもいいかな」と思いました。

当日の朝――ルーティンを崩せないげんちゃん

さて翌日。げんちゃんは朝起きて用意をしていましたが、少し遅くなっているのに、相変わらず朝ごはんルーティン――朝ごはん作り――をしようとして、あきれました。
やれやれ、何も考えてない! 指導して、打ち切らせて、なんとか送り出しました。

幸い、持っていくものなどは特に指定されなかったので、いつものカバンと筆記用具程度で、げんちゃんは出て行きました。
あきれることに、前の日、自分の所持金なども確認する様子がなく、しかたないので、お金を少し多めに与えました。
万が一失敗したときは、タクシーに乗ることだってありえます。緊張しているように見えて、またまた適当なのでしょうか・・・

不安な出発――乗り換えミスの予感

「まあ、失敗するかもなぁ」とは思っていましたが、「何かあれば電話するくらいできるだろう?」くらいに考えていました。乗り換えのところで失敗しても、タクシーに乗ればそう大した距離ではありません。電話で「失敗した」と報告を受ければ、「タクシーに乗りなさい!」と言えばいい。繁華街なので、タクシーはすぐ拾えるでしょう。

送り出した後、なかなか連絡も入りませんでした。
やっとLINEで「最初に乗ったバスを降りた」と連絡が入りました。最初のバスはいつも乗ってるので、心配はしませんが、次です。

乗り継ぐバス停がわからなかった

問題はそこからの乗り継ぎです。繁華街のバス停というのは結構難しく、どこのビルの前だとか細かいのです。
でも、グーグルでは、道順はちゃんと書いてありましたから、なんとかいけるだろうと思っていました。
しかし、何の連絡もないので、心配になり、LINEに連絡を入れました。すると、げんちゃんからは、

「バスに乗れなかったので電車で行く」と書いてありました。

えっ? バスの乗り継ぎが失敗したのであれば、まず、こっちに電話があるだろう、そう思った私が甘かった。

私はあわてて、「タクシーで行きなさい」とLINEを打ちました。

するとどうでしょう、
「もう電車に乗ってる」と返事が来るではありませんか!
驚きました。やれやれ、これは完全に遅刻だ。もうすでに集合時間になっています。。

大遅刻

やっぱりやらかす!
そういう乗り継ぎの失敗は、普通の子にもあると思います。しかし普通の子ならば、すぐにそこで私に電話するでしょう。

しかし、げんちゃんは電話をしません。これもいつものことなのです。すぐに自分の勝ってな自己判断で突っ走るのです。 たぶん「自分の判断で間違いない。」と自己中な世界観をぶちまけるのです。電話をする、ということが思いつかない、後日こんなことも言って、あきれました。

それにしても、こんなところでも、まだそんなことをするなんて!

結局、先に着いているパパに電話をすると、「げんちゃんが来ない」ということで、パパも焦っていました。

30分も過ぎた頃、げんちゃんはパパのもとにやってきました。結局げんちゃんは、バスに乗り遅れた段階で、学校に電話をしていました。「遅れます」という電話をしたのは、まあ多少の成長かもしれませんが、そこで学校の方が「では、そこから電車に乗って来なさい」と指示したそうです。

しかし、電車はいくつかの線があり、慌てたげんちゃんは、目につく、指定の線ではない電車に飛び乗ってしまったのでしょう。やれやれ。
乗った電車は、学校のど真ん前にある駅には止まらず、同じ駅名でもずいぶん遠いところに止まってしまい、そこからダッシュで汗だくになって学校に着いた模様です。

そして門前払いの、厳格な学校

その後の流れは散々で、げんちゃんとパパは最後に面談を受け、担当の先生に厳しく言い放たれた模様です。

「今まで遅刻をする人はいなかった。」
というのと、
「うちの学校は、遅刻は厳禁で毎年10人程度、遅刻や決まりを守れないことで、放校になります。お宅のお子さんは、うちの学校は無理でしょう。」言われたようです。

「ああ、疲れた」――母の怒りが爆発した瞬間

さて、私のげんなりした気持ちとは裏腹に、げんちゃんは家に帰ってきて、最初にこういったのですから、あきれ果てます。

「ああ、疲れた!」

これが第一声でした。もう終わったなと思いました。普通の子なら「やっちゃった」とか「ごめんなさい」とか、今日の大失態に対する思いのこもった一言が出るでしょう。げんちゃんは「ああ、疲れた」だったのです。

本当に、親子でも腹わたがにえくりかえります。結局、1回目同様、げんちゃんの心はたいして動かず、心の言葉さえなし。失敗も、たいして答えてる風でもなく、心臓に毛が生えているかのごとくです。

まったくのほほんとして、どんな失敗も恐れない。へっちゃらで、終わってしまえば捨てる。いつものげんちゃんが炸裂していたのです。

もちろん、その日は帰ってすぐにその失敗を作文に書かせました。そうでもしなければ、翌日になればもう捨ててしまうのですから。

反省は一日限り――見えてきた“成長を阻むもの”

何でもかんでも終わってしまえば全部きれいに、さっぱり捨てられるのです。

捨てさせてはなるものかと作文を書かせました。ややその日は、多少は反省していたと思います。しかし、これが何日続くのか、次のステップへと続くのか、私にはまったく想像がつきません。

しかも、疲れ果てて帰ってきたパパが言うには、先生から厳しいことを言われているさなかも、わかってんのかな、こいつは?という雰囲気だったそうです。
厚かましいタイプの、発達障害は、何を言っても心に入りません。恐るべきげんちゃんです!

結局、今まで私たちがつけてやった能力を、げんちゃんの思いがどのように活用できるのか、今回はその大きなテストだったと思います。残念ながら、げんちゃんは、完全に失格したのです。

またもや私の努力、私の労力、お金、すべてのものをげんちゃんは、紙屑のように捨てました。

今回の成果は、私の方にあるのかもしれない

しかし、私には大きな納得がいきました。やはり甘えです。すさまじい甘え。私がどんなに厳しく怒ろうが何をしようが、結局「このお母さんは僕の願いを簡単に叶えてくれる」と思っているのでしょう。

これは一回、出すしかないなと思いました。前々からグループホームに一度お試しで入れてみては?と言われていたので、そこへの流れの気持ちが固まりました。

今までそれができなかったのは、げんちゃんへの愛着とかではなく、グループホームの体験が、がんばろう、というモチベーションには絶対つながらない、という確信があったからです。
家から離してみたとしても、楽であれば、すぐ馴染む。それがげんちゃんの根底に流れる、向上心皆無の性質です。
やっと今、少し、げんちゃんの心が動くようになってきて、たま~に、正しい考えをめぐらすようになり、気まぐれに、向上心もどきがふわっと発生する。

結局、げんちゃんは、今回、調理師専門学校に向けてがんばるぞ、というエネルギーは出なくても、グループホーム体験が、少し身になると思う程度の成長は遂げているのでしょう。

まあ、私にとっては、今のげんちゃんが次のステップで何をすべきか、何がこの子の成長を阻んでいるのかということが、はっきり見えた経験となりました。

ほんとにどっと疲れました。

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